God be with you.

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プロローグ.


 駅の近くに置かれたベンチにあの人がうずくまっているのを、友達と一緒に何度も見た。木々が枯れ始めた頃から、何度も、何度も。
 いつも同じウィンドブレイカ―で。
 大きなリュックサックを傍らに置いて。
 毛布をかぶって。
 わたし達がそこを通りかかるのは学校へ行く朝と、帰りの夕方だったけれど、あの人は常に背中を丸めてうつむいて、まどろんでいるみたいだった。起きているところは、目にしたことがない。たぶん、まだ暖かい日中に寝て、夜には食べ物を調達しに歩き回っているのだろう。なんて、冷たい風に吹かれながら友達は勝手に想像していた。今年の冬は、一段と冷え込む。この寒さだと、夜に眠ると死んでしまいそうだから、と友達は付け足した。
 道行く人は、あの人に見向きもしない。おそらく、最初は見るだけ見ておいて、すぐに興味を失って、そのうち視界の端に映ったとしても何も思わなくなったのだろう。誰も、あの人のことなど気に掛けたりはしない。誰も、あの人に手を差し伸べたりはしない。
 家を失くしたのであろうあの人は、頼る人さえ失ったのであろうあの人は――それでも、生きていたかったのだろうか。
 陽の光に顔を背けて。
 静まり返った夜をさまよって。
 たった一人で。
 生きていたかったの? 死にたくなかったの? 生きる以外に考えられなかった? 死に方がわからなかった?
 あの人を見るたび、友達は考えていた。
 わたしもつられて、考えてみた。
 けれど、答えがわかる日は来なかった。

 陽射しが暖かくなってくる頃、あの人の姿は見えなくなった。
 立ち退きさせられ、別の場所に移ったのか。
 誰かが、迎えに来てくれたのか。
 それとも――

†  †  †  †

 春が近づいてきたその時期に、友達も姿を消した。
 あの子は、あの人と同じ場所に行ったのだろうか?


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