God be with you.

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5.


「そろそろ、テントを張る場所確保しとくか」
 『w』まで発見したところで、御馬宿さんはそう提案した。
 時計を見ると、午後五時少し前。何でも樹海では、木々に遮られて光が届かないため、月の出る夜でも真っ暗闇になるらしい。懐中電灯を点ければ歩けないこともないが、素人は大人しくした方が良いとのこと。
「できるだけ平坦な場所を探さなきゃねぇ」
 言いながら、御馬宿さんはリュックのサイドポケットからロープを取り出す。細めだけれど、何十メートルもありそうなものだった。それを『w』の木に巻きつけ、あまった分の端を手に持つ。
「何してるんですか?」
「この近くじゃテント張れそうもないし、少しコースを外れるよ。これは、目印がわからなくならないようにするためさ。命綱……とは、少し違うか」
 なるほど、本当に準備がいい。
「すごいですね、御馬宿さん」
「そんなことはないさ。これくらい、やって当然の場所だしね」
「何となくだけど――御馬宿さん、千春ちゃんに似てる気がします」
 思いついたことをポロっと言って、自分でも少し驚く。
 そうか。この人、あの子と似てるんだ。わたしの思ってることを正確に代弁してくれるところなんか、そっくりなんだ。
 御馬宿さんはそんなわたしの言葉に「そうかい?」と、肩をすくめるだけ。そして口元を歪めて、木の幹を撫でる。
「本当なら、遊歩道をそれたあたりからロープ張っとくべきなんだけどねぇ、無事に帰れるように。自殺目的じゃない人は、そうやってるらしいよ。残念ながら、そこまで長いやつは購入できなかったけど」
 自殺目的じゃない――その言葉が、何だか遠くに感じられた。
 相変わらず足元に細心の注意を払いながら、わたし達は凹凸の少ないスペースを探す。
 そんな折、ぽつりと、御馬宿さんが漏らした。
「にしても、見ないもんだねぇ、死体」
「え」
 あまりにも自然で、呑気な呟きだった。だからわたしは、一瞬、その単語を認識できなかった。
 死体。
「驚くこたないだろう? 樹海と言えば、自殺の名所。君だって、仮にもオフ会に参加するつもりだったんだから、一歩間違えれば白骨死体になってたかもしれないんだよ?」
 足元で、踏み潰された苔の鈍い感触がした。
 白骨、死体。
「それに――お友達の死体を、探しに。来たんだろう?」
「そう、ですね……」
 そうだ、わたしは、あの子を探しに。
 死んだあの子を、探しに。
 どの方角へ行っても変わらない風景、次々現れるあの子の伝言で、少し忘れ掛けていたのかもしれない。
 わたしの、目的。
 下を向きながら、御馬宿さんについて行く。
 細い木の根、固い石、赤っぽい葉、しわしわの葉、固い石、ぼこぼこの木の根、灰色の葉、苔、固い石、太い木の根、乾いた葉、苔、石、苔、葉、根、葉、葉、葉。靴底を伝わる感触の変化を感じるでもなく感じながら、前へ。かさりと葉、ぶにゃぶにゃと苔、しわりと葉、固く石、固い――
 踏みしめた何かが、靴と地面にすり潰された、ような気がした。
「あ」
 何だろう、足で、積み重なった葉をどかしてみる。何度も何度も、蹴って、どかして。
「未裕ちゃん、何を」
「あ、あ」
 すぐに見えた。白っぽい、何か。
 わたしの踏んだ先端部分が、もろくもぺたんこになっていて。
「あ――」
 乾いた音が、どこからかはみ出た。
 それは何かの、骨だった。


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