「あ、あ、う、あ」
千春ちゃん、千春ちゃん、千春ちゃん――
御馬宿さんを追い抜き、もつれる足で駆け寄り。
けれどわたしは、それを見て、呼び掛ける心が急速に冷え切っていくのを感じた。
誰だろう、これ。
何だろう、これ。
「――この木で首を吊って、たぶん死んでから、ロープが切れたんだろうね。いや、切られた、引きちぎられた、かな。野犬か何かに。それにしてもこれ、頭が『.』ってことかねぇ」
それの右脚は、野犬に喰い千切られたのか。ずたずたのズボンはどす黒く染まっていて、白い棒が、わずかにはみ出して見えた。骨だろうか? こんなものに、骨なんて、あるんだ?
それの手、腕は、ぼろぼろだった。茶色っぽく変色した皮膚、ところどころ赤黒く、ウジ虫に食べられたのか。食べられている途中なのか。親指の付け根から、白っぽいものが。
それの顔は、水分を失い、深い皺が頬を刻んでいた。色はやはり、茶色っぽく。ウジ虫は這いあがって来ないのか、ぼろぼろではないけれど。枯れ木のようで、気持ち悪い。
何だろう、これ。
「『下記の者を本校の生徒であると証明する――荻野谷千春』。へぇ、結構、美人さんだったんだねぇ、千春ちゃん」
「千春……ちゃん?」
それの傍らに置いてあったバッグを勝手にあさり、御馬宿さんは手帳を取り出していた。生徒手帳。うちの学校の。
じゃあこれは、千春ちゃんか。
うっそだあ。
「あは、は。デタラメ言わないでくださいよ、御馬宿さん」
「赤ガムテープに黒マジック、ちゃんと入ってるねぇ。食料も用意してあるな。なるほど、千春ちゃん、確かに僕に似てるねぇ」
これが、御馬宿さんと似てるって?
どこが?
「御馬宿さん、いい加減に――」
「おっと。これ、遺書じゃない?」
バッグから、白い、封筒を取り出す御馬宿さん。それをひらひらさせてから、わたしの手に、ぽんと、落とした。
「君が読んであげた方がいいんじゃないかい?」
御馬宿さんと封筒を、交互に眺める。
眺めて、眺めて。
中身を、取り出した。
折りたたまれた白い紙には、小さく、可愛らしい文字で。
『未裕も一緒に、ついてきてくれるよね?』
あは、は?
「あは、は、は、は――」
千春ちゃん。
千春ちゃん、千春ちゃん、千春ちゃん、千春ちゃん千春ちゃん千春ちゃん千春ちゃん千春ちゃん千春ちゃん――――――
「あ、は」
千春ちゃん。
「ねえ、御馬宿さん」
「何?」
「わたしを、殺してください」
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