cranky・apple

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*3*


 さっちゃんを見つけてからというもの、さっちゃんに会えない時間は、とにかくつまんなくてしょうがない。
「四日目の東京、どのコースにする?」
「やっぱAコースでしょー、ディズニーランド!」
「だよねだよねー」
「でもさー、あんまりアトラクション回れないんでしょ? お姉ちゃんから聞いたけど」
「ファストパスとか使うんだっけ?」
 来るべき修学旅行、行く場所は奈良と京都と東京らしい。東京では行く場所を三つのコースから選んで、グループで行動するんだとか。
「初江さんはどのコースがいい?」
「んーと……みんなの行きたいとこでいい……かな」
 班長さんが、律儀に私にも意見を求めてくる。でも、私はぶっちゃけ……どうでもよかった。っていうか、行きたくない。さっちゃんもついてきてくれるんなら、話は別なんだけどなぁ。
 あぁー、さっちゃんに会いたい。
 っていうか、この話し合いって別に、私いなくても大丈夫そうだし、私抜きで全部決めちゃってくれて問題ないし。むしろ、なんにも発言しない人がいた方が迷惑なんじゃ?
 よし。
「ごめん、ちょっと気分悪いから……保健室行ってくる!」
「え、初江さん?」

「それで抜けてくるのは正直どうかと思うけど」
「えぇー、そう?」
 不機嫌マックスなさっちゃんの眉間のしわを眺めつつ、私はなんだか妙に落ち着くのを感じた。
 やっぱり、こっちの方がしっくりくるなぁ。
 私たちが今いるのは、ちょうどどこのクラスも使ってなかった体育館、そのステージの上だった。保健室の扉をそぉっと開けて、隙間からさっちゃんを手招き。さっちゃんはものすごく面倒くさそうな顔をして、でもすぐに折れて、ついてきてくれたのだった。
「まさか、授業中まであんたが来るとは思わなかったわ」
「いいじゃん、さっちゃんどうせヒマでしょー?」
「……何か、あんたに言われるとムカつくわ」
 広い体育館に、二人分の声がのびのびと響く。
 考えてみれば、保健室以外の場所でこうやってお喋りするのは初めて……っていうか、最初っから保健室ばっかりに固執してなかったら、もっと二人で話せてたんじゃ。
「さっちゃん、たまにはこうやって保健室出ようよ!」
「出てるわよ、ご飯食べる時とか」
「それ以外の時間も! そしたらもっと、一緒にいられるじゃん!」
「何であんたの都合に合わせなきゃなんないのよ」
 うざったそうに溜め息をつくさっちゃん。ステージのふちに腰掛けた脚をぶらぶらさせて、いぶかしがるみたいに私の顔を覗き込む。
「っていうか、ミドリ、あんたさあ、ホントにあたし以外友だちいないわけ?」
「うん、いないよ。ってか、いらない」
 普通に答えた。
 そしたらさっちゃんは、三葉虫でも目撃しちゃったような表情になった。
「え……マジで、友だちいなかったの?」
「うん。あ、今はさっちゃんがいるよ」
「いや……え、っていうか、いらないって何」
「えー、だから、人間の友だちは、いらない」
 当たり前の回答を、当たり前に口にしたのだ。
 だけどもさっちゃんは、口が外れたまんま閉められないみたいな反応。
「え……いや、人間の友だちいらないって……」
「うん、私、さっちゃんみたいな変なものとしか友だちになれないんだー」
「変って失礼ねえ! ……いや、そんなの、滅多に会えるもんじゃないでしょ? ミドリ、あんた、あたしと会うまでは……っていうか、これまでの人生、どうやってきたのよ?」
「えー、どうやってって……」
 問われて、私は自分を振り返ってみた。
 不思議な友だちとの、出会いの記憶。

 なんだか、影の薄い子どもだったんだと思う。
 あの時も、そうだった。
「つばきくーん……けんくん、ななみちゃん、どこぉ……?」
 確か小学一年生くらいの夏だった。椿くんは私も含めた近所の子たちの相手をよくしてくれてて、その日、みんなを連れて肝試しなんかに行ったのだ。廃校になった、家の近くの小学校。肝試しっていっても時間は夕方くらいで、怖いっていうよりは夕日がなんだか目にしみて、きれいで切なくって――窓の外をぼぉっと眺めてたら、いつのまにか、みんなとはぐれちゃっていた。後で聞いた話だと、みんな、私を置いて帰っちゃってたらしい。
 西日の射す校舎は、ぼろっぼろで光の中にホコリが浮いて、歩くたび板がぎぃぎぃ鳴って。足が震えて、なかなか前に進めなかった。
 そんな中、ふっと、ある教室の前で足を止めると――人影が、あったのだ。
「つばきくーん……?」
 おそるおそる、そこに足を踏み入れた。
 白っぽい跡がところどころ残ってる、きったない黒板。
 その前に、小さなおじさんが立っていた。
「ひぇっ」
 知らない人を見てびっくりして、古い机にぶつかって、ガタって音を鳴らしてしまって。こっちに気づいたおじさんと、目が合ってしまった。
「ひ、ひぁあああああ!」
「え、ええ!?」
 思わず悲鳴を上げたら、おじさんは私以上に驚いた顔をして、黒板の前で足を滑らせて派手に転んでしまった。
「だ、大丈夫ですかぁ……?」
 ついつい、助け起こしに行こうとしちゃって――そしたら、おじさんはさらにおののいて、私を指差しこう言ったのだ。
「君……ぼくのことが、見えるのかい?」

「それが、自分に変なものが見えるって気づいた瞬間でした、と……」
「そうなんだー」
 私の昔話を、さっちゃんは思いのほか、しんしんと聞いてくれていた。なんだかちょっぴり、胸がうずうずしてくる。
「で、そのおっさんって、何だったの?」
「一応、黒板消しのツクモガミらしいよ」
「つくもがみ?」
「うん。えーと、なんか、長く使われたものに魂が宿るんだって。よくわかんないけど」
「……黒板消しに、ねえ」
「私、小学生だったから……あんまり、難しいことは覚えてないや。まぁそんな感じで、それからしばらく与作のとこに通ってたんだー」
 与作? とさっちゃんは小首をかしげる。
 私が勝手にツクモガミさんにつけた名前なのだと説明したら、「あんた、小学生だったのよね……?」と、ものすごく怪訝な顔をされた。
「まぁとにかく……それからもう毎日かな? 与作のところに行って、色々お喋りしたんだ。与作って、ツクモガミってだけあって、たくさんお話知っててね? どんな話だったか今はもうよく覚えてないんだけど……楽しかったなぁ」
「ふーん」
「あ、『かわいそうなぞう』の話は覚えてる」
「あー、戦争中に動物園の象殺す話?」
「そうそう。エサもらうために象が必死で芸するところなんか、与作の話し方がすごい感情こもってて……」
 そういう風に、毎日過ごしてた。
 与作は色んな話をしてくれた。ちゃんと私を見て、ほっこり微笑んでくれたのだ。
「だけど、小学三年の時くらいだったかな……校舎が取り壊しになることになって、工事で入れなくなってね? 突然、会えなくなっちゃったんだー……」
 与作は黒板消しのツクモガミ。だから、あの場所を離れることもできなかった。工事の関係の人が出入りするようになって、すぐに校舎に重機が居座るようになって。与作に会いに入ろうとした私は、ひょいっと追い出されてしまって。お別れを言うこともできなかった。
 あの時は、なんていうか……子どもながらに、生きた心地がしなかった。固く閉ざされた校舎を、眺めるしかできなくて。よくわかんない、不安とか悔しさとか悲しさみたいなのが、ぐるぐる胸をうずまいて、気持ち悪くて仕方なかった。
 それからまもなく取り壊しは終わって、『立ち入り禁止』のテープが張られたガレキの山だけが残った。雨の日に傘をさしながらそれを見て、「あぁ、与作はもういなくなっちゃったんだなぁ」って、心の中で呟いた。
「それから――かな。なんか、古いっていうか、雰囲気あるとこ見つけて、なにかいないかなって探すクセ、ついちゃったのは」
「……その、小学何年生の頃から、そんなことばっかしてきたわけ?」
「うん。なんていうかね……普通の、クラスの子とかって、なんかちょっと違くて」
 苦笑いすると、さっちゃんはなんだか反応に困ってるみたいに口をつぐんだ。
 意味もなく、小さく振られ続けてるさっちゃんの足先を目で追う。
「いてもいなくても同じ、なんだよね、私って。もう、小さい頃からずっとそう。ひどいんだよー? 遠足のバスに置いてかれちゃったりとか。なんていうかなー、埋もれちゃうっていうか」
 椿くんとか、長い付き合いで話のできる人もいるにはいるけど。でも、なんか違うんだ。
 誰にも気づいてもらえない。
 誰も、私を見てくれない。
 たぶん私は、「私にしか見えない不思議なもの」と同じような存在なんだと思う。
「だから――変なもののいる場所が、私の居場所なの」
 目を伏せて、しんみり呟く。
 さっちゃんは相変わらず言葉につまってるみたいな様子で、そんな彼女は珍しくって、私は思わず口元がゆるんじゃったりする。
「何……笑ってんのよ」
「えへへー、べっつにー?」
「……ってか! その、与作とあたし以外に、見つけたことあるわけ? 変なもの」
「うん。ベタだけど幽霊は何回も会ったなぁ。みんな、すぐ成仏しちゃったんだけど。あ、死神にも会ったよー。川崎さんって人」
「死神の川崎……」
「仕事忙しいからって、あんまりお喋りできなかったんだけどねー」
 与作みたいに長いこと付き合ったのはなかったけれど、それでも結構、色んなものと会ってきた。ヒマさえあれば、色んなとこを探してきたし。第一志望だった高校も、実はただ「校舎が古くてなにかいそう」が志望理由だったりする。落ちちゃったけど。
 でも、おかげで、こうしてさっちゃんと出会えた。
「ねぇ、さっちゃん……
 さっちゃんは、どこにもいかないでね」
 私はいつかのように、さっちゃんの手をぎゅぅっと握った。少しひんやりしてて、きれいな手。
「ふん……どうだかね」
 あさっての方を向いたまんまの声は、無愛想に体育館に響いてく。その残りカスが消えてく中で、さっちゃんの手は、私の熱い手から温度をおすそわけされてくみたいだった。


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