「さっちゃん、ただいま!」
早朝、静かな学校で、私は元気に保健室の扉を開いた。
修学旅行明けの休みを無視して、勝手に登校。右手に木刀携えて……っていうと、なんだか不良みたいだけど、さっちゃんのリクエストなんだからしょうがない。
話したいことは、たくさんあった。
舞妓さんがとってもきれいだったとか、木刀買ったら担任の先生にびっくりされたとか、ディズニーランドで皆とはぐれて迷子になったとか、班長さんのすごい秘密を知っちゃったとか。
色々、あったのに。
保健室の中には、誰もいないのだった。
「さっちゃん……?」
きょろきょろ、中を見回す。
だけども、なんとなく、意味がないような気がした。
――こんな予感はあったんだ。
ちょっとだけど、こうなるんじゃないかって、わかってた。旅行中もそれが引っかかって、思わずぽけっとしちゃったりしてた。
それでも、今は精一杯楽しまなきゃって――さっちゃんと離れてても、ちゃんと、やらなきゃいけないって。覚悟、しようとしたはずなんだ。
でも。
「さっちゃあああん……」
力なく呼びかけて、返事はなくて。
床にへなへな、脚をついてしまう。
「おわっ、ミドリ、何で学校来てんだ?」
いつのまにか椿くんが入ってきていて、座り込む私を見てびっくりおののいた。
だけど私は、答えようにも言葉が出なくて。
「う、うぅうぅぅ……」
静かに頬を、あたたかいものが伝っていった。それはぽたぽた落ちてって、床に小さな丸い跡を、次々つけて、止まらない。
その時そっと、頭に手が載せられた。わしゃわしゃ、優しく、なんにも言わずに撫でられる。
涙は止まらない。
でも、そのぬくもりに、応えなきゃ。
しゃくりあげて、必死で声を絞り出す。
「椿くん……」
「んー?」
「私、頑張るね」
「……そうか。頑張れ」
外の天気は明るくて、窓から射す陽はぽかぽか背中に心地いい。
だからきっと、大丈夫なんだ。
さっちゃん。
私、もっと頑張る。
頑張って頑張って、胸張ってさっちゃんの前に立てるようになるから。
そうなれたら。
また、会おうね。
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