てんで駄目な僕らの友情

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○本日のメニュー○


 本屋で二時間近く時間を潰した僕らは、軽く食料品を買いこんでから音無宅に戻ってきた。丁度お腹がきゅるきゅるいいだしたので、早めの夕食にしてしまうことに。今日のメニューは音無が「冷やし中華きらい」とか主張し始めたため鶏のからあげ。
 僕はエコバックから安売りしていた鶏もも肉を取り出したり引き出しから片栗粉を拝借したり、からあげのレシピが記されたメール(byさゆりさん)を見やすくかつ汚れにくい位置に置いたりして準備を整える。音無はそんな僕の姿を確認してから先程購入した漫画を開く。これが、僕らの定位置だ。
 プラスチックの白いまな板の上、生々した薄ピンクの肉を一口サイズに切り分けていく。大きさがばらばらにならないよう、そこそこ気をつかいつつ。と、ふいに音無が口を開く。
「からあげで思い出したんだけどさ」
「ん?」
「三月に、映画観にいったんだよ」
 へえー、と実のない返事をすると、「いっとくけどアニメ映画じゃないからな」と訊いてもいない弁解が降ってくる。「そんなこと思ってなかったけどさ」とつぶやきながら、切り分け完了。ボウルに入れて醤油と酒、ごま油少々を投入。
「えーとタイトルなんだっけなぁ。とりあえず救いようのない話でさ」
「へえ」ニンニクとショウガをおろしつつ。
「実際の殺人事件をモデルにしたとかだったかなぁ」
「ほほう」それもボウルに投入。ここで混ぜ混ぜもみもみ。
「その映画で、死体をからあげ大の肉片に切り刻むシーンがあったんだ」
 肉をもむ手が止まった。
 視界に映る、ぬらりと醤油の光沢を帯びた鶏肉。
「……なんで今その話をした」
「いや、思い出したから」
 僕がなおもフリーズしていると、「ごめんごめん」とかっるい謝罪。
 ふぉんふぉんと扇風機の音。かすかに紙がこすれる、漫画のページをめくる音。ふう、と一息出してから、僕はボウルに片栗粉を容赦なくぶちまけた。
「わかったよからあげ食いたくないんだな、よっしゃ今からカレー作ってやる超大量に」
「悪かったよごめん、頼むから一週間カレーだけはかんべんしてくれ」
「あの時きみ、文句言いながら結局おいしかったって乗り切ったじゃないか」
「確かにヨシノの言う通りにカツ乗っけたりパスタとからめてオムレツで包んだりドリアにしたりしたら乗り切れたけどさぁ、あー他にも色々アレンジあったなぁなつかしい。いやでもあれ、カロリーやばいことになってすっげー太ったんだよ」
「きみでもカロリーとか気にするんだな」
 じろり、と音無を振りかえる。音無は漫画から顔を上げて、こっちを微妙に眉を寄せたような変な顔で見つめていた。しかしそれも一瞬のこと、奴は両手を上げて「降参」と首を振った。
「いやうん、からあげ食べにくくなる話題だったねすまん。いや、その映画について、ツレが深い深いって絶賛してたの思い出してさ」
「……ふうん」
 からあげ(未完成)に向き直る。白い粉がなじむよう、よくもむ。ひたすらもむ。
「なんていうかねぇ。深いって、はっきりしてるようなあいまいなような……そんな気が、ボクには、するんだよ」
「そっ、か」
 映画の話はそこで途切れた。その後はぽつぽつしゃべりながらも、基本、互いの作業に集中する。静かな時間が流れていった。
 なんとなくむかついたので、二度揚げなんかしてやった。これをやると一味違うらしい。やりすぎてカサカサのからあげができてしまったのは、だいぶ、後悔している。

「嬉野(よしの)くんと音無さんって付き合ってるのっ?」
 翌日、大学のとある講義室。
 昼休みでまだ人もまばらな中、わざわざ隣に腰掛ける人影に気づき携帯から顔を上げると、同じ講座で元同じサークル(二ヶ月程前僕がやめた)の宮望(みやのぞ)さんだった。どういう風の吹きまわしかと疑問を隠しながら笑顔を取り交わした後、適当に「次の授業眠いよね」と話題を提供しようとしたら、唐突気味にそう訊かれる。
 宮望さんは切れ長の瞳をぱちぱちさせて、えらく弾んだ調子だ。突然なんだか知らないけれど、ずいぶん期待されているらしい。少しだけ冷や汗が出たのは内緒だったりして。
「いや、なんで?」
「昨日、駅前の本屋で一緒にいるとこ見たんだよ〜」
 にこにこ、明るく声を響かせる宮望さんに、僕は内心ガクっとなった。なんだ、音無の家に上がりこんだところでも目撃されたのかと思ったら。それだったら若干言い訳が面倒だったのだが、まったく、その程度で騒ぐとは最近の女子は。僕は眉間に微妙にしわが寄るのを感じつつ、努めてあっさり返そうとする。
「いや、付き合ってなくても本屋くらい」
「それにそれにっ、音無さん演習とかでもあんま人と話さないし、いっつも本読んでるじゃん。嬉野くんも携帯いじってばっかだし。でもでもっ、よくよく思い出したら二人一緒のこと多くない!?」
「ああ、まあ……」
 宮望さんちょっと音量注意してほしいかな、と心の中つぶやく傍ら、僕はどう否定していこうかと少し困っていた。
 それっぽい理由をくっつけてきたが、要するに宮望さん、自分の周りで恋愛沙汰とかそういうのがあるのが楽しい人なのだ。たいして関わりない人間でも、色恋ネタで肴にしたい。そんな調子なのだ。ストレートに「付き合ってないよ」と宣言しても、やれ少し頑張れば付き合えるだ、きっと二人は上手くいくだと迫られるのは必至。
 ほんのり目をそらし返答を考えること数秒。僕は目を伏せ重たげに、うしろめたさを演出して口を開いた。
「音無さんと、そういう関係になることはないよ……」
「え、どーしてどーして!?」
「彼女……女の子にしか興味ないから……」
 宮望さんは大きく目を見開き固まった。いちいちリアクションがわかりやすい人である。きっと次は加減なしで「えええええ!!」とでも叫ぶのだろうと思ったら、本当に叫んだ。
「えええええ!!」
「宮望さんちょっと声大きい。他の人に聞かれたらまずい」
「え、ちょ、マジなの!?」
「マジマジ」声をひそめて、真に迫る感じで。
「音無さん……マジで?」
「マジで」重々しくうなずいて。
「ええーっ……そっち系の人、初めて見た……」
 そっち系ってのもずいぶんな言い方だよなとツッコみつつ、僕は少しだけ本当にうしろめたくなりかける。なにせその場しのぎで友達を同性愛者に設定してしまったのだ。じくじくとする胸を押さえながら、「まあいつも『リリオたんはボクの嫁!』とか騒いでるし。あながち……嘘でもないし」とセルフ言い訳を繰り広げる僕。
「皆には……秘密だよ?」
「う、うん……。へえーえ……」
「僕と音無はさ、友達だから。数少ない気の合う人間っていうか」
「あー、二人とも友達いない人だもんね!」
「……まあ、うん、ね」
 あまりにもストレートな物言いに対し本格的に寄った僕の眉間のしわである。それに気づいたのか気づかないのか、宮望さんはまた朗らかな音色で話し始める。
「それにしても、音無さんて今全然授業出てないってほんと?」
「あー、今期はバイト忙しいらしいよ」
「あ、音無さんバイトしてたんだ? どんな?」
「えーと本屋だっけな」
「え、どこのどこの!?」
「んーと募集の都合でちょっと遠くだったっけなあ」
「ふーん……本屋いいなー。うちのコンビニなんかひどいんだよ〜」
 宮望さんがコンビニバイトのひどい先輩やら、アドレス渡してきた客やら、万引き騒動やらやらやら語るのを拾いつつ、僕は自分が何回嘘をついたかカウントしてみた。そのうち、宮望さんの女友達が押し寄せてきて、自然、途切れた僕らの会話。僕は嘘の回数もなにも全部嘘っぱちなんだからどうでもいいじゃないかと思い至り、携帯を開いてぼっちモードへと移行するのだった。

 僕だって疑問に思わないわけではない。
 例えばの話。ほぼ毎日部屋に通い、料理を作ってやる。互いに授業の少ない日は入り浸ったり一緒に買い物してみたり。合鍵を渡され本人不在の時は勝手に冷蔵庫をあさって夕食の準備。まあぎりぎり泊まりはないのだが、それにしても、だ。こんな状態は、世間様には恋人関係だと判断されても仕方がないのではなかろうか。僕と音無は、友達と言っていいのだろうか?
 ただ、疑問に思いながらも答えははっきりしている気がするのだ。
「つまりさぁ、リリオたんってかあの作品の唯一残念なところは身長体重設定なんだよ」
「ほおう」僕はクッキングペーパーでキムチをぽんぽん叩く。
「リリオたんなんて小柄って設定のわりに154センチはあるし」
「それは低くないのか? リリオたんて確か17歳だろ」と、うろ覚えに言いながらキムチをまな板へ。
「だってアニメ漫画キャラでちびっこっつったら140センチとかザラだよ? あってもせいぜいボクと同じ150センチくらいだと思ってたのになぁ。で、体重48キロ。あ、他作品のキャラに比べたらずいぶんある方だけどBMI的には全然太ってないんだよ? むしろやややせ型。そう、体重設定なんだよ。どのキャラもだいたいリアルでいったら標準〜やややせくらいなんだよ」
「健康的だな」そしてキムチをみじん切りにします。
「あえてモデルレベルの数値にしないところは好感もてるよ? でも! あの作品基本的に1センチ1キロ変動なんだよ。例えばみさおは160センチ54キロ。ノノは158センチ52キロ。どのキャラも身長―体重=106くらいなんだよ。それぞれ体型違うはずなのに皆一緒なんだ。特にみさおなんて主要キャラ中一番スタイルいい設定なのに」
「うーん、なるほど……」ひたすら刻みます。まな板が赤く染まっていきます。
「たぶん体重に差をつけるとキャラ信者間で『あいつはデブ』とか抗争起きるからなんだろうけどなぁ。でもあの脚の太さとかの絶妙な描き分けを見るに惜しい。ほんとうに惜しいよ……ってそれなにつくってるの?」
 テレビに向かっていた音無(すでに何回も視聴済のアニメ)が、気まぐれにこちらに目線を移した。僕は血……じゃなくてキムチ汁で染まったまな板をどけて、ボウルを取り出す。そして冷蔵庫から出でたる学校帰り買ってきたカツオのたたき、マヨネーズとともに、ボウルにキムチ投入。
「カツオキムチ」
「カツオ……にキムチ? それゲテモノのたぐいなのでは?」
「作るの初めてだけどおいしいらしいよ」
「それはだいじょうぶなの……?」
 まあたぶん大丈夫だろう、と音無家に常備されていたすりごまを探す。発見したそれを、多めに入れたマヨネーズに負けじとたっぷりふりかけ。そんでもって混ぜ混ぜ。去年の夏『この甲斐性なしが〜!』という謎のメールの翌日、『昨日は変なメール送っちゃってごめんなさいorz ちょっとこれツマミに飲んでたらテンション上がっちゃったのよ〜ごはんにも合うのよ!』との謝罪文に添付されたカツオキムチの作り方。いつか食べてみたいと思っていたのを、今日ようやく実現できたというわけだ。
「さゆりさんのレシピだから、まあ問題ないだろ」
「主婦歴えーと十数年のさゆりさんの味を、料理歴たかだか数ヶ月のヨシノに再現できるの……?」
「いや、基本混ぜるだけの料理だから失敗しようがないって」
「打率6割5分くらいのくせに」
「0割が文句言うな」
 憎まれ口を交わしたり、唐突にまたアニメの話に戻ってみたり。そうする間にも、混ぜ混ぜ、混ぜ混ぜ。
 そんないつも通りのやりとり。これが僕らの平常運転。
 つまり僕と音無の間には、「男と女」の艶っぽさなんてみじんもないのだ。互いに異性を感じない。宮望さんが「ちょっと頑張れば」なんて言おうにも、「ちょっと頑張る」気力が皆無。こんな状態はたぶん、友達以上でも以下でもないと言っていいのだと思う。どれだけ一緒にご飯を食べても、どれだけ二人きりで部屋にいようとも。きっとこの先どれだけ経っても、この居心地の良い関係は変わらないのだろう。変わる想像がつかない。
 それに僕は恋人には向いていない。音無についてはわからないがまあ、同じような気がする。
 というわけなんだ、宮望さん。
「そういや今日宮望さんと話したんだ」
「……みやのぞさん」
「うん。あの子相変わらずバイト大変そうだったよ」
「……へぇ」
「例のひどい先輩がトイレぶっ壊したとかでさ――」
 それから宮望さんの話を僕がしたり、音無がまたアニメの話へそらしていったり。他のつけあわせを作ったり、ご飯をよそったり、背後からやたら早口な、もう何回も耳にしたアニソンが聞こえてきたり。それにしても音無、これだけアニメ観て漫画読んでとやっていてよくまだ裸眼なものだと思う。宮望さんが音無のことを「アニオタぼっち」でなく「単なるぼっち」だと認識しているのは眼鏡なしパワーのおかげだと僕は固く信じているのだが。
 とまあ、そんな感じで。
 カツオキムチの出来は僕的には上等、音無的には「マヨネーズ大量なのが気になるんだけど……」な結果に終わるのだった。


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