てんで駄目な僕らの友情

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○僕らの友情○


 八月は記録的な猛暑となっている。古びた扇風機オンリーの畳部屋に寝転がっていると、肌が良い具合にこんがり焼けるのではないかという馬鹿げた妄想が浮かんできた。
「あー……」
「どうしたんだいヨシノ」
「単位……」
「どんまい」
 身体全体を包むいやらしい熱気に寝返りをうつ。そうすると顔面がこんがり焼けそうだった。ああ、目玉焼き……
 あの後というか直前。僕は数えるのがちょっとばかし怖い科目数のテストをブッチした。演習等は出席していれば単位は保証されているからいいものの……鎌首をもたげる来期への不安。
「ま、応援してるよ」
「おい。音無も似たようなもんじゃないか」
「てへっ」
「……どこ需要だ」
 まあ不安はひとまず国道沿いに置いといて。
 とにもかくにも、今は夏休みである。僕は今日も今日とて、音無邸に入り浸っていた。人の家とは思えぬフリーダム・だらけっぷりに自分が空恐ろしくなる。うつぶせでうーうーとくぐもったうなりを上げる僕に、ちゃぶ台に雑誌を広げた音無が話しかけてきた。
「そうそう、夏といえばアレだよ。三日間開催のアレ」
「なんだよ」
「かつては晴海、今はビッグサイトのアレ。ヨシノも行きたい? んー、マナー知らない人連れ回すのって会場の迷惑になりそうだしなぁ、今回はちょっと遠慮してほしいかな。まぁ冬にもあるしさ」
「音無はもっと初心者にわかるように話した方がいいな。まあオタ関係の用事なのはわかるが」
「チャットで知り合った人と一緒に行こうと思ってるんだよね。これがもうえっらい趣味合う人でさー」
「そいつは良かったな。ま、楽しんできなさいな」
「ありがとう」
 休みは休みで、いつも通りな僕らである。
 ただ、あれ以来。僕らは前より少しだけ素直になって、それと同時に自制の方も頑張っている……と思っているのだが、まあどうなのだろう。
 あれから。
 あの大雨の日から、僕はまた音無の家に通い、料理を作ったりオタトークに耳を傾ける日々に戻っていた。
 チャラ男については、あの日は引き下がってくれた。音無がひどく小さな声で「……今はまだ、会えない」とつぶやいたら、ひとまず納得してくれたらしい。
 今はまだ、か。
「音無は、渡会さんと仲直りする気は……」
「んー……」
 僕がいい加減顔を上げると、音無はどっと、畳に横たわった。天井を仰いで、その目は何を見つめるのやら。
「この前新聞に、疎遠になった人に対してつけ加えてなにか言う必要はないって書いてあった」
「おい」
「実際……まだどうすべきか、わからない。もしかしたらヨシノにも言われた通り、ボクの被害妄想であの子に悪気はなかったのかもしれない。だけどあの時感じた嫌な気持ちとは、まだ折り合いがつかないっていうかさ……」
「そ、か」
「んー」
「……まあ、さんざん悩んでみるしか、ないよな」
「だね」
 二人して、溜め息。
 本当に、友人関係っていうのは難しい。特に僕らみたいな奴らには。
 僕も――他人事では、ないのだ。まだしょうちゃんに、きちんと謝れていない。ただ、今は彼女が僕に会いたくないのだから、むやみに姿を現すわけにもいかない。
 本当、人間関係っていうのは、どうしてこうも面倒臭いのだろう。
 扇風機の風がなぐさめ程度に肌に当たる。ふぉんふぉんと、回る回る音。その音の背後から、じーくじーくとセミの鳴く声が聞こえるような聞こえないような。こんな都市部に、セミなんているのだろうか。もしいるとしたら、そいつらは細かいことなど気にせず、精一杯夏を鳴いているのだろうか。
 と、ポケットで携帯が振動した。
『焼きソーメン作るのよ!(チャーハン作るよ! のAA)』
 ぷ、と思わず笑みがこぼれる。
「あー……飯、作るわ」
「おぅ、頼む」
「きみも作るんだよ音無」
 勢いをつけてがばっと起き上がり、僕は音無のだらしなく投げ出された腕をちょんと蹴った。音無はおっくうそうに「ええー」と言うが、じとーっと視線を送り続けたら根負けして立ち上がった。
「まぁ、ボクも常々思ってたわけだよ。ヨシノは包丁づかいはいいとして、手順がしっちゃかめっちゃかだって」
「なにおう」
「だってからあげ揚げた後でサラダ作るとかありえないよ。冷めちゃうじゃんか」
「いや音無。きみに料理に関して説教されるのはひどい屈辱だよ?」
「作ってもらっといて文句言うのは駄目だけどさ。手伝うんなら、口出しするよ?」
「聞くか聞かないかはこちらの裁量だからな?」
 僕は棚からそうめんを取り出し、音無は冷蔵庫を物色する。
 夏の一日。大学生活の一幕。
 それはえらく穏やかで、楽しくて幸せで、僕はこの日々ができるだけ長く続くよう努力しようと、密かに誓うのだった。
「それにしても……こうして台所に並んでると、僕らまるで新婚のようだな」
「なに言ってんだ。ボクらは、友達だろう?」

-END-


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