ハロウィンのどーでもいい話

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 放課後のくそめんどくさい委員会を終え誰もいないはずの教室に帰還すると何故かマナトくんが机に突っ伏していました。本来ならば「マナト」は漢字表記なのですが漢字にすると私の好きな漫画家さんと同じ名前になってしまい非常に遺憾なのでマナトくんとさせていただきます。マナトくんはそれまで熟睡を決めこんでいたくせに私の足音にでも気づいたのか急に頭を上げ寝ぼけ眼で言いました。
「……そういや今日ハロウィンだっけ」
「はぁ?」
 第一声がそれです。彼のぼんやりした視線をたどってみると、どうやら私の筆箱についているかぼちゃのマスコットに気がついての発言のようでした。しかし私としては、ハロウィンなど関係なく一か月前からなんとなくストラップをつけていたにすぎないわけで、そんなこと言われてもねぇという感じなのです。
「あぁ、そういやハロウィンですね」
「ミクさんちはハロウィンになんかすんの?」
「ハロウィンって家でなんかするんでしたっけ?」
「さあ?」
 わりとどうでもよかったのでおざなりに反応しつつ鞄の中に荷物を突っこんでいると、マナトくんがまたも口を動かします。
「ジャック・オ・ランタンって殺人鬼だっけ」
「え、ちがくないですか」
「あれ、そうだっけ」
 なんかかぼちゃの被り物したシリアルキラーっていそうじゃね? などとマナトくんは首を傾げますがそんなもの知ったこっちゃありません。
「あれって魔除けかなんかじゃありませんでしたっけ?」
「まじで? でもさあ、なんか笑みが邪悪じゃね?」
「そうですかねぇ」
 適当にうなずきつつ、荷物の整理を終えた私はさて帰るかと踵を返しかけました。が、その空気を読めないのかなんなのか、マナトくんはなおもどうでもいいことをのたまいます。
「ほら、殺人ピエロとかいるしさあ」
「ジョン・ウェイン・ゲイシーですか? 別にあの人、ピエロの格好で殺人行ったわけではないでしょう」
「でも子供を誘い出すためにピエロの格好してたっていうし」
「あれ、あくまで地域のボランティア活動の時にピエロの格好してたってだけで、殺人とは関係なくないですか」
「そうだっけ?」
 私が違うと言うのにマナトくんはいっこうに信じようとしません。「ピエロ関係ない」「いやあるって、あるはずだって」と口論は続きます。らちが明かないので私は真相をはっきりさせるため行動に移ることにしました。
「図書室のパソコンで調べましょう」
「そうしよう」
 この時間帯だとパソコン室にはコンピュータ部(通称・コンブ)の人々が集っているはずなので空いてそうな図書室を狙おうという算段です。マナトくんも鞄を持って素直についてきました。
 図書室のコンピュータスペースには帽子をかぶったかぼちゃの置き物が置かれていましたがそんなわけのわからないものは無視し、とっとと検索をかける私たちです。
「あ、ほら、やっぱりピエロの格好なんてしてませんって」
「ほんとだ……あー、ポルノ映画で少年を誘い出すとはなんと」
「被害者もピエロについてくような年頃じゃないってことですかねぇ」
 勝利が確定して気分がよかったので他にも色々調べてみました。ジョン・ウェイン・ゲイシーはピエロの絵をよく描いたそうで、それはマニア人気が非常に高く、かのジョニー・デップも所有しているとかなんとか。
「まぁそれはともかくとしてマナトくん」
「はい?」
「私が勝ったんでなんかください」
「……あれ、そういう約束だっけ?」
「今思いついたまでですが」
 そしてほんの冗談のつもりだったのですが、マナトくんは「まあ負けは負けだしな」と意外にも男らしくうなずき、帰りになんか買ってくれることになりました。
 そんなこんなで学校を出て私たちは歩道をてってこ歩いていきます。明日からは十一月という秋の風はやけに肌に厳しく、スカートではなおのこと「さぶっ」とでも言っていなければやってられません。
「こんな寒い日は肉まんでもおごってもらいましょうかねぇ」
「ミクまん?」
「それもう販売終了しましたよ」
 季節外れのネタを引っ張る、空気の読めないマナトくんです。
 近くのコンビニに入りこんだ私たちは早速棚を物色し始めました。肉まんとは言いましたがせっかくなので色々見て回りたい、乙女心はお察しください。
「なんか、やけにかぼちゃスイーツが多くないですか」
「旬なのか?」
「旬ですかねぇ」
「あ、そっか、今日ハロウィンじゃん」
「あぁ」
 かぼちゃのプリンにかぼちゃのロールケーキ、かぼちゃあんの饅頭などなど、冷蔵お菓子のコーナーはかぼちゃだらけです。ふと店内を見渡せば、窓のところに生意気にもかぼちゃやお化け、魔女の立体シールなどが貼られているではありませんか。
「こんなにハロウィンアピールして、売れるんでしょうかねぇ」
「さあ?」
 少なくともハロウィンにかこつけてかぼちゃスイーツを押したところで、私の心は動かないのです。かぼちゃ味にさしたる愛着はありません。とつぶやいたところ、何故かマナトくんは食いついてきました。
「いいじゃん、かぼちゃあん。普通のあんこより上品な甘さでさあ」
「よくないですよ。あんこはあんこでいいんです。橙色である必要はありません」
「橙色だからいいのに」
 かぼちゃ論争は熾烈を極めました。いえ、実際はほんの数回のやりとりだったのですが、私たちが互いへの「こいつ、なにもわかってねぇ」という不信感を募らせるには十分だったのです。
「そんなこと言うならもうなんもおごらねえ」
「な! それとこれとは話が別でしょう」
「だいたい、最初からなにも約束なんてなかったんだしさあ」
 やはりマナトくんは男らしくありませんでした。かぼちゃあんを押した上に約束を反故にするなど。
 だんだん声が大きくなってきたので、私たちはひとまず店を出ることにします。
「負けは負けだと言った時の気持ちはどこへやったんですか」
「過去に縛られんなよ」
「潔くない男ですね」
「潔くないといえばさ」
 マナトくんは急に真顔になって、ひとつ呼吸をしました。私もつられて息を呑みます。そこでなにを言い出すのかと思いきや、振られたのはまた唐突な話題でした。
「テッド・バンディの最期って潔くないよな」
「あぁ、あの法学部卒のエリートで自分の元カノと似た女の人ばかり三十人近く殺した上に裁判では自分で自分の弁護を担当して裁判長に『君が法律家としてこの場に立っていたらどれだけよかったか』とまで言わしめたイケメンシリアルキラーですか」
「そうそう。あいつ取り調べでは詳しいこと言わなかったくせに、死刑執行の直前になって急に事件のことを話そうとか言い出したんだ。だけど丸一日使って一件目の事件のことのらくら話した末に『この調子だと全部の事件について話し終えるのに数か月はかかるなあ!』って死刑の延期を求めたらしいよ。結局駄目だったらしいけど」
「あぁそいつは潔くないですねぇ」
「でしょでしょ」
「で、なんの話でしたっけ? マナトくんがおごるかおごらないかって話ですよね?」
 マナトくんは「チッ」と舌打ちしました。なんとまぁ浅はかな目論見でしょう。しかしその熱意に少しは心揺れるのが人情ってもんです。私は彼を見上げて提案しました。
「ではもう一回なにか勝負して負けたらおごってください」
「ミクさんが負けたら」
「まぁ……おごりますよ」
 一瞬「しまった」と思いかけましたがやはり勝負後の報酬はフェアでなければならないでしょう。私は自分がお題を決めることをマナトくんにとりつけ、納得しつつ再び口を開きました。
「では。これから私が言う問いに対し、素晴らしい解答をマナトくんが導き出したらそちらの勝ちにしましょう」
「素晴らしいって、ミクさん基準?」
「もちのろんです」
「それ不公平くね?」
 頬を膨らませるマナトくんの横をマントをつけた子供数人が横切っていきます。マナトくんの不満顔なんかよりもどうしたことかと私の視線は奪われました。子供たちは何故仮装しているのでしょう。
 と、それはさておきです。とにかくルールは確定なのです。
「では。シリアルキラーは何故猫を殺すのか、答えてください」
「……何故猫?」
「シリアルキラーって、やたら猫ばかり殺しません?」
「あー、幼少期に動物虐待がよく見られるとはいうけど」
「最近もどこかの県でやたら猫の惨殺死体が発見されてるようで、ネットでは『次は人間がターゲットになる、危険人物だとっとと捕まえろ』なんて騒がれてますよ」
「へーそうなんだ」
 腕を組みつつ、マナトくんはしばらくうつむいて考えているようでした。私はさりげなく進路をスイーツ店の並ぶ方向へとそらしつつ、彼の回答を待ちます。
「……確かたいてい、虫とかカエルとかを前段階的に殺してるよね、奴らって」
「そうですねぇ」
「だから次はそういう小動物と人間の間らへんの動物を、段階的に狙ったんじゃね?」
「そのラインだと、猫以外にも犬とかいるじゃないですか」
「いや、ジェフリー・ダーマーとかさ、犬殺してその頭をモニュメントっぽく飾ったりしてたじゃん。にしてもさあ、さっきのジョン・ウェイン・ゲイシーとかテッド・バンディとか、死刑になったシリアルキラーって犯行のこと全然喋んないんだよね。ひたすら俺は悪くないって言うの。それに対してジェフリー・ダーマーとかエド・ケンパーとか、死刑のない州の殺人鬼って比較的素直に事件のこと喋るんだよね。そういうの見てると死刑制度の是非とか少し考えるよ」
「んなこたどうでもいいのです。だいたいジェフリー・ダーマーって死刑にはならなかったけど刑務所で別の囚人に殺されたじゃないですか。質問に答えてください」
「チッ……」
 懲りずに話題そらしにかかるマナトくんです。まったく、何度も通用すると思われているとはつくづく舐められたものです。
「……単純に、野良猫の方が野良犬よりも多いからじゃね? 犬だとわりとすぐ保健所行きだし。そういやサカキバラくんは小さい頃可愛がってた犬について作文書いてたよね」
「当たり障りない心に響かない解答ですね。サカキバラくんも今年三十歳ですか、今どこにいるんでしょうねぇ。で、私の勝ちですか」
「……再審もといもう一度チャンスを」
「えーしょうがないですねぇ」
 歩いていくと、歩道の脇にかぼちゃの列が並ぶという光景が現れてきました。なんとまぁ邪魔くさいことでしょう、道にかぼちゃって。
「……それにしてもさあ」
「はい?」
「犬派猫派ってよく言うじゃん。あれ無粋だと思わね? よく犬は飼い主に忠誠を誓うとか猫はクールで懐かないとかいうけど、実際犬も猫も種類によって違うよ。さらに言うなら個体差あるし」
「はぁそうですか」
「猫もさあ、ボンベイとかすげえ可愛いよ? ボンベイ知ってる? 黒猫で筋肉質でワイルドな風貌なんだけど、目は真ん丸で可愛らしい顔してんの。鳴き声はうるさくないんだけど結構甘えん坊でさあ」
「マナトくん猫飼ってるんですか、そのボンベイとやらを」
「いや全然」
 知った風な口利かないでください、と私はジト目で睨みつけました。だいたい、これでもう何度目の脱線でしょう。
「次、ちゃんと答えないと負けですよ」
「わかったよ! えーと……猫ってほら、飼われてても自由で奔放みたいなイメージあるじゃん? シリアルキラーはきっとそんな自由さに嫉妬しているんだよ」
「さんざん猫がどうのと言った末のイメージ論ですか。しかも猫は自由の象徴ってなんの面白みもない解答ですね。失格」
「まじで?」
「まじまじです」
 マナトくんがまた「まじかよお」と頭を抱えたところで、ちょうどサーティーワンのこぢんまりとしたお店が見えてきました。寒い日ですがアイスも乙かな、と私はそこに足を向けます。店員さんに挨拶してから、メニュー表とにらめっこしました。
「えーと……じゃあとりあえず、レギュラーサイズのダブルで」
「まじで? ダブル?」
「まじでダブルです」
「スモールにしときなよ。それなら四百円で済……」
「レギュラーったらレギュラーです」
 次はどれにしようかと悩む横でマナトくんがぶーぶー言うのはうざくてたまりません。私は彼のすかしたマフラーを引っ張って首を絞めておきました。
 悩みぬいた末、期間限定の文字に踊らされて「ピスタチオスクリーム」と「パンプキンプリン」とやらを頼んでみました。かぼちゃ論争を繰り広げた私ですが、まあ、期間限定に罪はありません。
 用意された二段アイスは、抹茶っぽい緑色に茶色、そして醒めるようなオレンジというなんとも禍々しい仕上がりでした。マナトくんが店員さんにお代を渡すのを見届けてから、店内の椅子でさっそくご賞味です。
「あれ、マナトくんはなんか頼まないんですか」
「今財布にあるの、二百円ちょっとなんだけど」
「あーそうですか」
「マジカルミントナイトとかさあ、この色彩実物で見てみたいって思わね? 青に茶色に謎のトッピングだぜ?」
「あんまり思いませんねぇ」
「ってか、なんでこんな禍々しい色彩のアイス押してんだろうね」
 私は上に乗ったピスタチオスクリームのアイスを一口運びながら、首をひねりました。なんとなくナッツぽい油っぽさを感じさせる風味が口の中広がります。
 そうして、手は鳴らせませんが、「あぁ」とうなずきました。
「今日ってハロウィンですもんね」
「ああ、そういやそうだっけ」
「そうですよ」
 マナトくんはどこか釈然としない顔です。「今日一日全然ハロウィンぽいことしなかったなあ」などとつぶやきながら。私としても、十月三十一日をハロウィンとしてはちっともすごさず、イベントに乗れなかった感が多少の悔しさを誘わないこともないのですが。ジャック・オ・ランタンの正体も子供たちが仮装する意味もシリアルキラーが何故猫を殺すのかも、なにひとつわかりはしないのですが。
 まぁ、ハロウィン味を多少嗜んだりはしたので、それでよしとしておいて、十一月を迎えようと思います。


-END-


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