手洗いから戻ると机はからっぽだった。
「もう探してあげないよ。『殺す』とか言う人には」
教室を渦巻くのは笑い声と視線。女子たちはことさらに眉を吊り上げてみせて、そのくせ口元には笑みをたたえている。仕方なしに廊下へ、女子トイレをくまなく探し歩く。
教室から廊下にまで、笑顔を載せた明るい響きは浸透していく。学校中が笑いに包まれている。
朗らかな渦に取り残されていく。
× × × ×
「何かされたら、笑ってへらへらしているといい」
夕暮れ時に部屋にやってきた彼女は、淡々と自分の身に起きたことを述べた。露骨になりながらも薄皮一枚を「善人」で押しとどめたようなクラスの連中。その変容に対し、彼女は「大丈夫です」と事もなくうなずく。
彼女の様子に変わりはない。ただ、先日の件で耐性がにぶっているのは間違いないのだ。
もっともっと、過酷な状況を受け入れなければ。
「意味深に笑ってやれば、あいつらは気を悪くするだろう。そうすればきっと、もっと耐性をつけられる」
「はい」
一緒に幸せを探すべきだと神さまは言った。だけどそれにはまず、北九州を潰さなければならない。それをなくして、幸福などありえないのだ。
無意識に、手が唇をなぞっていた。
「大丈夫だね?」
「大丈夫です」
彼女の黒い瞳、光を宿さない目にぼくは満足してうなずく。
途中でやめるわけにはいかないのだ。
× × × ×
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