コンビニメイド

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 自宅近くのサン○スに入った時、「このコンビニ、メイドいねーな」と思った。
 それに気づいた時、自分はだいぶ末期だと思った。

 うちのロー○ンにはメイドがいる。
 いや、メイドの格好をしたバイトがいるのだ。
「いらっしゃいませ」
 そいつは昨今のメイド喫茶のごとく「お帰りなさいませご主人様ぁ〜」などと甘ったるい声を出すことはなく、あくまでコンビニ店員としての誇りを保った挨拶をする。その声色は清涼感すら漂う、若干ハスキーなものだ。ただし、その姿をチラ見し続ける客たちは、メイド喫茶の客層そのままにニヤニヤしたり妙にもじもじしてみたり、何故かしてやったり顔だったりする。そんな常連客を目にした時、そして隣でレジに向かう長身スレンダー(ブラウスの奥の無い乳)、ふりふりのミニスカに美脚を惜しげもなくさらす黒ニーハイが視界に映る度、私は果てしなく溜め息のタネが増えていくのを禁じ得ない。
「千円からお預かりします」
 やたら脂ぎった客から直接お札を受け取るメイドの姿に、私は「〜からお預かりしますって、昔間違った日本語とか騒がれてたよなー。この客気にしねーのかなー」などと思ったり思わなかったり。
 客は満足げな表情で、店を出る寸前にもう一度メイドを向いた。
「またね、りおちゃん」
 頬を赤らめそう呟く客に。
 その無駄に広大なる後ろ姿に。
 こいつ、このメイドが男だって気づかねーのかなーと、私は溜め息をつくのだった。

 安藤りおは今年の四月、このコンビニの面接を受けた。送られてきた履歴書を店長と共に眺めた私であるが、その性別欄に気づくのにはだいーぶ時間がかかったものだ。だってりおなんだもの。写真の人物とか二つ結びで赤フレーム眼鏡で、なんかあのエ○ァ新劇場版の女の子そっくりだったんだもの。
 そしてようやく性別「男」の丸に気づいた時、うちの店長は「せっかく女の子が増えると思ったのに!」と理不尽に憤慨し、面接でも筋の通らぬ難癖をつけ落とす気満々だった。その場に立ち会った私であるが、後半はもう「女装男子ナメるんじゃないよ! ただのおっぱいない女の子に用はないんだよ!」とか、かなりわけのわからんことになっていた。
 が。
 安藤りおもそこらへんに思うところがあったのか、あれこれ面接の域を超えて交わし合ううち、何故か二人は声を揃えて「でも“男の娘”のメイド姿って女子のメイド姿より興奮するよね!」とか言い出した。
 そして次の週から、安藤りおはメイド服で店頭に立つようになった。
 ……何を言っているのかわからねーと思うが。
 私も、もう、わけがわからないよ。
 店長は「昨今のコンビニはどこも似たりよったりで、独自性の追及が云々かんぬん」とのたまっていたが、正直ただの趣味だと思う。
 こんなコンビニ潰れてしまえ。

 しかし○ーソンはなかなか潰れなかった。それどころか客足は増えた。
 だってメイドだもの。
 そりゃあ、私だって「コンビニにメイドがいる」なんて聞いたら確実に見に行くだろうし、見に行ったらついでに何か買うかもしれない。他のコンビニよりも利用回数増えるかも。
 というわけでメイドはもう二ヶ月近く、この店で働いている。
 ただし、店長の「ご主人様ぁ〜とか甘えた声で客に媚びたらクビだからね!」とのお達しにより、安藤りおはあくまで普通の店員としてレジを打ち商品を補充し清掃にひた走るのであった。「業務に打ち込むことこそが、メイドの本懐なのさ」と、わけのわからんこだわりを披露する店長。この親父禿げればいい。
 そして客も客である、「メイド萌え〜」だの「キャピキャピしたメイドは嫌だけど、あたしこの子なら許せる!」だのと言っては入れ替わり立ち替わり店にやって来るやって来る。
 ちなみにここ数カ月で一番売り上げを伸ばしたのは、オーダーが入ってからレジで淹れる「挽きたてコーヒー」だった。特に美味しいもんでもない、たいして濃厚な香りがするわけでもない、安っぽいコーヒー。
 しかしそれが、メイドが作ると一味違う気がするとか、メイドにコーヒー淹れさせるのが贅沢だとかうんたらかんたら。

「本当、ありえない! メイド服でコンビニとか、商売ナメてんの? 仕事はできるけどさ、っと……」
 バイトから帰宅した午後十一時、私は友人にメールなどしていた。
 安藤りおが来て以来、メール内容は奴のことばかりだ。
 だって、あり得ないじゃないか。
 コンビニにメイドとか。ローソ○にメイドとか。それを受け入れるどころか笑って迎える客とか客とか店長とか。世の理不尽の極みがここにある。だいたい、あきらかに色モノじゃん。「注目してください〜」って立て看板してあるようなもんじゃん。そんなものに迎合する人間たちって、もう、アホかああああああっと!
 ものの二分で帰って来た友人のメールには、ただ一言。
『ひがむなよ/(^o^)\』
 ……ひがんでないもん。
 ……当然の不満だもん。
 私は口をへの字にしながら、シャワーでも浴びて寝ることにした。
 明日は大学で授業。その後はまたメイドとバイト。シフトかぶりまくってんのが非常に困る。

「りおちゃんいると、テンション上がるわー」
 安藤りおは同僚にも大変好評だった。ちなみに店員は皆、奴の性別を知っている。その上で男性店員は「アリじゃね」とか、女性店員は「えー、面白いじゃん」とか。どいつもこいつも、この色モノを完全受け入れ態勢である。
 ……世の理不尽の極みがここにある。
「あ、そこの商品の補充」
「もう済んでますよ」
「さっすがりおちゃん」
 私は商品確認に棚を見回りつつ、そのやり取りに嘆息する。補充やっといたの私ですよー、つか店員三人しかいねーのに勘違いとかありえねーとは決して言わない。
「あ、いえ、安田さんが」
「ああ」
 安藤りおは私を見てクールに微笑みながら、そう説明してくれやがるのだった。
「安田さん働き者ですよね。さすが先輩って感じです」
「いやいやしかし、りおちゃんこそ〜」
 この男は、男のメイドに媚びて何が楽しいのだろう、と私はこめかみにうずきを感じる。

 安藤りおは、実際よく働いた。
 メイド服でお人形のように突っ立っているだけでなく、スカート舞わせて華麗に通常業務をこなす。倉庫から重い荷物の品出しもする。そこらへんは男だ。
 と言ってもだ。
「いらっしゃいませ」
「ああ〜、普通に挨拶するりおたん可愛い〜〜」
 客が入ってきたら挨拶するのなんか当たり前だし、
「安藤さん(客の前ではりおちゃんとか言ってはいけない)レジお願いー」
「レジ打ちメイドさんナイス〜」
 混んできたらレジの担当するのも当たり前、
「そろそろお掃除しますね」
「メイドとモップって絵になるよね!」
 客がいない隙に清掃するのも当たり前。
 やっていること自体は、コンビニ店員の範疇なのだ。
「りおちゃんのおかげで、うちのコンビニは安泰だね」
 いや、ちげーよ。
 こいつ入る前から特に潰れる要素なかったよ。
 と。
 つまり、メイドってだけで、全ての仕事がまるで一段階上のように見られているわけで。普通にただ、やるべきことをやっているだけなのに、フリルのおかげで皆から必要以上の賞賛を受けているわけで。
『メイドだからって皆にチヤホヤされて! 私だってちゃんと働いてるのに! って?(笑)』
 いやいや、違うでしょうよ友人。
 特別なことしてない奴が奉られるのって、どう考えても不当でしょう?
 ……つまりは。安藤りおが入って以来、私はいっそう業務をてきばきこなすと同時に、特に賞与が上がるわけでもなく、胃のむかつきを抑えることができないでいるのだった。

 私と安藤りおは若干家の方向がかぶっている。
「あ、安田さん上がりですよね。一緒に帰りましょう」
「あ、ああー……」
 だから、夜遅いシフトの時などは一緒に電車に乗ったりする。
 コンビニを出る時の安藤りおは、半袖シャツにタイトなパンツという、ごくごくシンプルな格好をしている。ただし、バイト中と同じく髪の毛は二つ結びであるため、やはり女にしか見えない。スレンダー美人。なんのこだわりがあって、こいつはこんなナリなんだか。
「安田さん、どうかしました」
「あ、いえー……」
 なんて言えるわけもなく。帰宅時間は苦痛の一種だった。
 バイトに行くのも、ずいぶん憂鬱になってきた。以前はアットホームな職場で飲み会開いたり同僚に悩み相談とかできたりして、理想的なバイト先だったのに。
 あの店で安藤りおに不満を抱えているのは私だけだ。だから、不満を周囲にぶちまけることもできない。お客さんに愚痴るわけにもいくまい。店長なんか論外。
 安藤りおを受け入れられないのは、私一人――
「安田さんて、細かいところに気がつくっていうか」
「そ、そう?」
 安藤りお自身は。働きぶりは悪くないし、こうやって私を褒めてくれることも多い。控え目な微笑みは見る者に安心感を与え、落ち着いた喋り方は聞いていて心地よい。美人な容姿を鼻にかけた様子もない。
 つまり、とっても良い子なのだ。
 ……良い子だからこそ。
「りおも見習いたいです」
「は、ははっ……」
 私は非常に戸惑いながら、「一人称りおとかこいつナメてんのかああああっ!」という本音を隠さざるを得ない。
 悪口言ったら、私が嫌な奴だ。
『いやいや、私にさんざん悪口言ってんじゃんm9(^Д^)』
 ……気心知れた友人にメールするくらい、許してくれたっていいじゃないか。
 しかし友人、奇妙なことを言ったりもする。
『にしても、安田評価されてんじゃん。安藤よく見てるわー。好きなんじゃねーのwww』
 ……私を惑わして何が楽しい。
『って、ないか(笑) 安田普通だもんなー。そしてメールですら「私頑張ってるの! 嫌な奴にも評価されてんの!」って言わずにいられない自己顕示欲(泣)』
 どうしてこいつはこう、一言多いのか。
 なんでこんなのと友人やってるんだろう自分。

 というわけで真綿で首を締められる日々の私であったが、それに追い打ちをかける出来事が六月末に発生するのだった。
「新商品に、メイドまんってどうかな!」
 店長のその提案に、耳を疑わずにはいられまい。
 メイドまんっておい。
「カスタードクリームのまんじゅうのてっぺんに、メイドさんフリルっぽいマークつけるの、名付けてメイドまん」
 いやそれただのクリームまんじゃねーか、つか、どう考えても冬向き商品だろ。
「いいんじゃない?」
「今やっちゃった方がよさげだね、りおちゃんブーム乗り遅れないうちに」
「そうそう。うちの店が完全にりおちゃん売りな今こそ」
 ……おい。
 おいおいおいおい。
 ただのクリームまんとか。夏始まりにホット商品とか。りおちゃんブームとか。りおちゃん売りとか。
 お前らそれに疑問はないのか!?
 困ったように微笑むメイドに目を白黒させるうち、あっという間に企画は実現した。
「新製品? え、りおたん的な?」
「買う、買う買う!」
「夏のあんまんもオツだよね!」
 ……おい?
 おいおいおいおいおい。
 客よ、客たちよ! お前らはそれでいいのか!?
 私が伸ばした手の行方を失っている間にも、メイドまんは売れた。売れに売れた。エ○チキより売れた。
 おかしいだろ、どう考えても!

 そしてメイドまんが売れ筋商品として躍進、ローソ○他店舗が便乗するか、いやメイドいない店でやっても意味ねーか、いやいっそうちもメイドやらすか、とアホのようにメイドの渦に飲まれていく中。
 安藤りおが一週間の休みをもらった。親戚で用事があるとかなんとか。
 元々人数は足りていたので普通に回るシフト、フリルも長身美脚も可愛らしい靴(デザインのせいか意外とサイズが大きいのをごまかせているエナメル靴)も目にせず心安らかな日々――
「りおたんいないの?」
「つまんねー」
「ね、店員さん、りおたんいつ帰ってくるの?」
「いやー、自分も安藤さん帰って来るの待ち遠しいです」
「りおちゃんいないと華がねー」
 ――
 ―――
 りおたんりおたんりおたん、りおちゃんりおちゃんりおちゃん、安藤さん安藤さん安藤さん安藤りお安藤りお安藤りお安藤りお――
 どいつもこいつも!
 安藤りお安藤りお!
 この店はあいつがいなくてもやって行けるのに。あいつなんかいなくても業務は滞りなく、あいつがやっていることなんて普通のことで、当たり前のことで、コンビニ店員ならできなきゃ困ることで、私たちが、私が、頑張っていることなのに!
 この店はおかしい。
 メイドのいる店なんておかしい。
 そんなものを受け入れる人間たちなんて、絶っ対、おかしい。
 世の理不尽の極みだ!

 そうしてメイドが帰って来たその日。
「あ、安田さんすみません。すぐ着替え終わるから待っててください」
 シフト終わりの午後十時過ぎ、私が着替えをしようと店の奥側、バックヤードの扉を開けると安藤りおがいた。更衣室なんて気の利いたものはないので、店員は隙を見計らってはここで着替えをする。安藤りおはあと少しでブラウスのボタンを外すところ――着替えるまさにその瞬間だったらしい。奴と上がり時間が同じなのだから気づいてもよさそうなものだったが、今日ばっかりはうかつな自分を責められもしない。
 扉に手をかけたまま、今日のことを思い出す。
 店には客が押し寄せた。安藤りおのシフトを把握しきった客たちが、たくさん。そんな彼らを相手にしながら、同僚たちも楽しそう。
 安藤りおが戻って来た。
 店に活気が戻った。
 ――安藤りおは、特別なことはしていないのに。
「あの、安田さん、ドア……」
 今現在。立地の関係もあってか、店に客は一人もいなかった。店員も、レジに一人と、勝手に雑誌を立ち読みする一人がいるばかり。こちらは見えないだろうし、そもそも広めな店内、こちらの声も聞こえないだろう。
 そして私も、安藤りおの声がひどく遠かった。
 目の前に安藤りおがいる。
 この店のマスコット。
 スレンダー系、ミニスカメイド。
 本当は男。
 色モノ。
 世の理不尽の極み――
「……どうしてよ」
 私はバックヤードに一歩踏み出し、ドアを閉めた。押し殺した声で、ついそう言っていた。
 安藤りおは「安田さん?」と困惑を隠さない。近づいてくる私を、戸惑いの目で見つめる。
「なんで、メイドなのよ……」
 暗い瞳で見返してみるメイドは、えらく輝いていた。外されたヘッドドレス、その下のさらさらの髪。
 どう見ても女だ。
 美人だ。
 ――だからどうした。
「なんで、メイドなんかが許されるわけ……」
「や、安田さ」
「なんで! メイドなのよ! あんた、そうやって注目集めて楽しいわけ!? そんな格好で店出て! 皆からちやほやされて! 女装とかして馬鹿みたい! そんなのに騙される客も! 笑って許す店員も! くそ店長も! なんでメイドなのよ! なんであんたばっかり!」
 言葉は、次々と溢れ出てきた。せきを切ったように。決壊したダムのように。
 今まで溜めに溜めた不満。
 客への、店員への、安藤りおを受け入れる全てへの、安藤りおへの。
 気がつけば私は安藤りおの襟首を掴んで、意外と外に聞こえないよう押し殺した声で、計算高い自分に奥底で気づきながら、安藤りおへ全てをぶちまけていた。
「――安田さんは」
 その時。
 襟首を掴んだ私の手を、どきっとするくらい強い力で、大きな手が覆った。
 安藤りおの手。
 安藤りおは、私を真摯に見つめ、低い声で言った。
「安田さんは、偉いよ。誰よりも仕事してて、客のことも店員のこともよく見てて、偉い。本当に見習いたいと思ってて、評価してる。自分なんかよりずっと頑張ってること、りおは――おれは、知ってるよ」
 握る手に力がこもった。
 熱い。
 熱い熱い、安藤りおの手。
 少しだけ骨ばった大きな手、そしてああ、メイド服のくせに男らしい、真剣な眼差し――
「おれは、そんな安田さんが好きだ」
 目を離せない。
 安藤りおから。
 メイド服の男から。
 色モノから。
 心臓が高鳴って、え、なにこれ、ちょっと?
「――なんて言うかと思ったか!」
 どきどきと胸が。
 頬が火照って。
 って、
 え?
 ……
 ぽかんとして眺めると、安藤りおは非常に面倒臭そうに、耳の穴をかっぽじっていた。
「つか。明らかに対抗意識燃やしてんの見ててわかったけどさ。絡まれんのもうざいから適当に褒めてやったってのに、結局そういうウザイこと言われんの?」
「は、はい?」
「おれだけがおれだけがーって、自分が注目されないのそんなに嫌? 頑張ってんねって言ってやっても、満足しねーの? めんどくせっ」
 安藤りおは。
 美人なだけに馬鹿にしきった感じの際立つ呆れ顔で、私を見ていた。
「自分が注目されねーのが不満? 仕事ってそういうことじゃないっしょー? っていうか、おれのこと気に入らないって言うならさあ。安田さんもメイド服着れば?」
 蔑みきった、その瞳。
 それは、ありありと、一つの自信をみなぎらせていた。
 すなわち。
 お前ごときがメイド服着ても、おれには敵わねーけどな。
「〜〜〜〜〜っ!」
 火照った頬が、更に温度を上げた。
 その瞬間の自分の行動を、後になって説明できる自信はない。
 私は安藤りおの手を猛烈な勢いで振り払い、そのまま奴のメイド服に手をかけていた。
 思うさま、むんずと、掴み上げ。
 そのまま、ビリっと。
 メイド服を引き千切った。ブラウスどころか黒い生地まで。ボタンがはじけ飛んで頬に当たった。痛かった。
「は……はあああああああああっ!?」
 驚愕する安藤りおの、はだけた胸元。
 当たり前のように平坦な胸と、乳首が見えた。
 あずき色だった。
「――っメイドなんて滅びてしまええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
 私はそれだけ叫んで、着替えもせずにそのまま去った。
 きったねえ乳首がいつまでも脳裏に焼き付いていた。

 メイド服、(色んな意味で)破れたり。
 気まずさと意気揚々をないまぜにしつつバイトに入ると、レジには既にメイドがいた。
 今度はロングスカートだった。
「安田さんご苦労さまですー」
 訳:一着だけだと思っていたか。
「りおたん、ロングスカートも清楚……」
「背徳の香りっすよね! ハアハア」
 ……
 …………
 安藤りおは、クールに微笑んだ。
「安田さん、これからもよろしくお願いします」
 訳。
 勝てるもんなら勝ってみやがれ。
 その日私が友人にメールするだけでは飽き足らず、自室で「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお」と転げ回ったことは誰も知らない。


 バイトの暇な時間帯、安藤りおに聞いてみた。
「あんた、どうして女の格好すんの」
「個人の自由」
 別に注目されたいとか浅ましいこと考えてるわけじゃねーけど? 誰かさんと違って。
 そう付け加えた奴の足を、私は思いっきり踏んづけていた。


 安藤りお、メイド服、「注目してください」と言わんばかりの立て看板。それに疑問も持たず便乗する人たち。許し、受け入れ、笑う人々。
 それらを許容することはやはり私には不可能そうで、友人への愚痴メールも止まらない。
 ただ、本人に全部ぶちまけて、良い子ちゃんの面の皮を見れて、ついでに認めたくはないが――自分の目立ちたがりで仕方ない本性を完膚なきまでに突きつけられ、どこかすっきりした部分もある。
 そして、私にさんざん汚い感情をぶちまけられてなお、折れないメイドに――情けない話、どこか、安心したのかもしれない。
「りおたんて肌綺麗だよね、ハアハア」
「毎日頑張って髭剃ってるの?」
「……安田さん? 何言ってるんですかもお〜」
 開き直って、客の前でこんなことをしてみた。まあ、男とバレてもどうせ「それはそれで」とか、また注目集まるんだろうけどさ。
 やっぱりそれは気に入らない。
 ただ。
 どうしても我慢できなくなったら、またメイド服破いてやればいいんだからさ。いや、さすがに自重しますけどね?
 半笑いでそう思えば、前より少しは楽になれるのだった。


-END-


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