幸せになれない星の住人 15−1

幸せになれない星の住人

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15−1


 駅のホームでメールをしたら、電話が返ってきた。そこに電車が滑り込む。私は乗り込んで、座席には向かわずデッキに立ったままで電話をとった。
「もしもし。トーリさん」
『絵空ちゃん、あのメールは』
 声を聞くのは久しぶりだった。電話越しでもわかる優しそうな声。
 その声に、私は自分のしたことを全て話した。
 相子のお母さんに、つつじちゃんをけしかけたこと。呼びかけに反応するのを利用した。もしなにも起こらず相子のお母さんが目覚めたとしても、深い傷を残すことができると思った。結局、相子のお母さんは死んじゃった。
 ガタンゴトンと揺れる電車に負けじと、大きな声で話した。ドアを隔てた座席には聞こえないだろう。いや、聞こえたってかまいやしない。
 聞き終わったトーリさんは深い沈黙の後、途切れがちにこう漏らした。
『……何でそんなことを』
 受話器越しに、眼鏡の奥の瞳を苦しそうに歪めるトーリさんが見えた。
 ああ。この人は動揺して、傷ついている。いきなりこんなことを打ち明けられて。従妹がこんなことをしたと知って。
 きっとこんな話をされても困るんだ。
 だけど、言葉が止まらなかった。
「――納得、できなかったんです」
『え……?』
「私だったら絶対、喧嘩したまま母に死なれるんです。別に私は母のこと好きじゃないからそれでもいいんですけど。だけど、相子は違うんです。相子だったらきっとお母さんは何事もなかったかのように目を覚まして、ベッドに寄りそう相子が涙を流すんです。それからすぐに、あの時はごめんって謝るんです。お母さんはそれを笑って許すんです。相子にはお母さんと仲直りする機会が与えられて、それで――猫も無事に帰ってきて、ハッピーエンドなんです」
 一度大きく、車体が落ち込むように揺れた。
 私はぐらついて、電車のドアにぶつかる。肩に鈍い痛みを感じる。
「それが、許せなかったんです」
 言葉はいっそ嘘っぱちのようにすらすらと出てきた。自分が何を話したか思い出せないくらいすらすらと出てきた。
「……ただの八つ当たりですね。私は、私じゃない人間が幸せになることに、納得できなかったんです」
 受話器からは、息の漏れる音すらも聞こえてこなかった。
 トーリさん、ちゃんとそこにいてくれていますか?
「だけど、やっちゃいましたね。こんなことして、私、きっともう幸せになんかなれない」
 気が遠くなるような沈黙が続いた。
 きっと出そうと思えば、もっと言葉は出せたのだ。けれど、言いたい一方で、続ければ続けるほどに自分の魂が汚れていくような気がしていた。もう手遅れだとわかっていたけど。
 それ以上はなにも言わなかった。
 そうして、ようやく。
 トーリさんは押し殺したような声で、これだけ言った。
『……そう』
 またためらうような沈黙があって、それから電話はブツンと切れた。
 携帯を見つめる。通話画面はまもなく、勝手に待ち受け画面に切り替わった。
 電車は走り続ける。あっけない会話だった。
 私は携帯を胸に抱き、そのままその場にへたり込んだ。


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