幸せになれない星の住人 4−3

幸せになれない星の住人

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4−3


 この町に引っ越してきてから、猫のすがたがやたら目についた。その原因について知るのはすぐ。住宅街のなかに、猫屋敷がある。
 そのふるい家に住む女は夫が単身赴任しているさみしさからノラ猫をかわいがるようになった。きまぐれにエサをやった猫は屋敷の近くをうごきまわるようになって、その数はだんだん増えていく。去勢もろくにされていない、ノラ猫はばんばん繁殖した。屋敷の女は一匹一匹に名前をつけ、毎日すがたが見えるか確認している。一匹でもいなくなると「あの子がいない!」とさわぎたて、隣の住人につめよったりする。
 ちかくの住民にはめいわくもいいところ。ノラ猫の集まる屋敷は糞尿で悪臭をはなつ。しつけもされない、ただエサをやられている猫は他の庭でも平気でそそうをした。だれかが屋敷の主に注意をしたら、「あんな粗末な庭、汚れてもたいしたことないでしょ!」と開き直られた。それに怒った住人たちは庭をきれいにして、これならすこしは気をつかってくれるんじゃないかと期待したが、だめだった。花を植えた庭にも猫はかまわず糞尿をたれた。屋敷の女はあいかわらず猫をすきなようにさせた。しつけなんかしない。庭をきれいに整える風習だけが意味もなくのこった。大輪の花で猫の悪臭をごまかしているかのようだった。
 飼い猫がノラに妊娠させられることもあった。それに苦情を入れたら、「お前の方が去勢していればよかったんだ」となじられる。なにを言ってもむだ。役所の人間が注意をしても聞く耳なんてもたない。それどころか、たまたま猫にすりよられた住人を見て「うちの子に触らないでちょうだい!」と女はさけびだす。女がめったに家の敷地から出ないのが幸い。毎日毎日猫にエサをやり、かこまれて、糞尿の臭いをあびる汚らしい女。
 くそばばあ、とつぶやいた。
 すきなだけ増えた猫の、一匹が目に入る。わたしはその猫にむかって石を放った。猫はひょいと石をかわし、走り去っていく。石が塀にあたるコツンという音だけが響いた。
 わたしは舌打ちし、いつかあの猫は殺してやる、と呪詛を吐いた。


 写真の猫があの時石をぶつけそこねたやつと似ていたから、よけいにつのるイライラを隠すのに必死だった。
「うあああ、かんわいいーっ」
「でしょー。うちの子、本当可愛いんだから!」
 高校に入ってすぐともだちになってくれた、イクちゃんとトモちゃん。イクちゃんは最近猫を飼い始めて、トモちゃんはものすごくうらやましがっていた。
「ほら、このお腹見せて寝てる写真とか、よく撮れてるでしょ」
「いいなあーっ、可愛い……」
 白い腹を見せつける、イクちゃんの家のぶち猫。その他にもしっぽをピンとさせ歩いている写真、ちょこんと座りおすまししている写真、イクちゃんはありったけの写真を持ってきたようで、トモちゃんはどれを見ても「きゃーっ」と黄色い声でさけんでいた。写真の猫はまだ小さく、ぜんぶ、媚びて視線を送っているように見えてならない。
「ねーっ、可愛いねえ、つつじ」
「あ……そうだね」
 ぎこちなく微笑みながら、わたしはどうにか写真の猫が視界にうつらないようにしていた。
 なんでこんなものをかわいがるの?
 いつだってそれはわたしのなかで疑問だった。
「もう私、大人になって家出たら絶対猫飼うんだ」
「ああ、トモの家皆アレルギーなんだっけ。猫いいよー。種類にもよるけど、うちの子なんてすごい懐くの。机で勉強してると、椅子の下に来てこっちを見上げたりさー」
「いいなあー、もう、いいなあーっ」
 去年の秋から、「来年の誕生日には猫を買ってもらう」とはりきっていたイクちゃん。今年の四月末、念願かなってぶち猫を飼うようになった彼女は、毎日あきもせず猫の話をしていた。そんなイクちゃんの携帯のストラップは猫のぬいぐるみ。それとおそろいのストラップをつけるトモちゃんは、イクちゃんの話を目を輝かせて聞いていた。彼女は携帯ストラップ以外の持ち物も猫系でそろえる、大の猫好き。今日、写真を見せてとせがんだのもトモちゃんだった。
 そして、わたしは。
「ね、今度イクの家行っていい? モモちゃん生で見たい」
「いいよー。でもちょっと人見知りする子だから。私にはほんとすごい懐いてるんだけどねー」
「もお、いいなあっ!」
 微笑した顔をどうにか保って、ふたりのやりとりをひたすら見つめる。そうやって、話のなかにちゃんと入っているんだよと、アピールしているみたいな自分がむなしかった。
 そうして放課後。
 トモちゃんはけっきょく、今日すぐに猫を見にいくことにしたらしい。イクちゃんは快くうなずいて、それからふたりして「じゃあね、つつじ」とわたしに手をふる。わたしは猫をわざわざ見にいき「かわいい」とおせじを言わずにすんでほっとする反面、ついていけないさみしさを覚えていた。
 ふたりにはほんとうのことは言えない。
 ふたりのなかにほんとうに入っていくことができていない。
 そしてわたしは携帯をとりだし、サツキにメールを送るのだった。なんだかひどく、おなかが気持ち悪いのを感じた。


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