幸せになれない星の住人 5−3

幸せになれない星の住人

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5−3


 わたしは。
 子供の頃はずっと部屋にとじこもっていて、外のせかいのことは知らなかった。おとうさんから聞かされる話はどれもあいまいで、想像をふくらませるには分量が足りなかったように思う。部屋にいれば満たされた。そこですべて足りたの。
 部屋から出なければならなくなって、ようやく他人というものを知った。
 はじめて目にした外のせかいはめまいがするほど広くて、あっというまに、わたしのなかみはからっぽにされた。


 その日は天気がよくて、わたしとイクちゃんとトモちゃんは屋上でおべんとうを食べていた。
 この地域の高校はどこも七月はじめあたりに学校祭をやる。六月下旬に入った空気のなか、イクちゃんとトモちゃんは祭の話に花を咲かせていた。
「××校とか学校祭すごい力入れるんだってね。最終日に花火あるんだって」
「花火っ? すっごい、うちらのとこなんて出店だすくらいなのに」
「ね、他の学校見物に行った方が楽しいよねー」
 それからトモちゃんが携帯を開いて、他校のともだちに訊いたらしい、学校祭の予定をさらっていく。この学校のだったら行けそう、でもテスト直前だ、そんなふうに口々に言ってとても楽しそうにするふたり。
「それに、共学のとこでも行かないと……出会いが、ね」
「ほんとねー! これもう、ぜひとも行かなきゃ!」
 わたしが入れられた学校は女子校で、入学した時黒いセーラー服の女の子たちが体育館を埋めつくす様にはおもわず目を見開いた。今はもう夏ちかくだから、みんな白の半袖になったのだけれど。
 サツキはときおり、「女子校って女の嫌なところ凝縮されてたりすんの? それで余計なストレス溜めてるんじゃないよな」なんてデタラメなことを口にする。けれど、わたしはそんな変なものに触れたという意識はなくて、たぶん、安全な場所にいるのだと思っている。
 ただ、最初は呆然としていた。わたしは女の子のなかにいたことがあまりなかったから。そんな、女の子のむれに圧倒されるわたしに、最初に話しかけてくれたのがイクちゃん。それからクラスで仲良くなっていったのがトモちゃんだった。それ以来わたしたちはずっと同じクラスになれて、いつも一緒にいる。
 そこでイクちゃんは、ちょっとだけ顔をふせて、小さな声をだした。
「あのさ……行くなら、あそこの高校より××高校の学祭にしない?」
「えっ? 別にいいと思うけど、どしたの急に」
「あのね……中学の時の知り合いが××高校にいて、『暇だったらぜひ来いよ』ってメールきて」
「え、それ男の子? あ、もしかしてイク……」
 なにか勘付いたようなトモちゃんに、顔を真っ赤にするイクちゃん。わたしだけよくわからなくて、きょとんとふたりを見ている。
「ち、中学の時仲良くてね、今はたまにメールするくらいだったんだけどっ。ほら、こっちはそのまま女子大だけど、あっちはもう受験だしさ……ずっと言えなかったんだけど、思いきって、ちゃんと、今のうちに言いたいなって」
「そうだよー、今告白しないと! これから夏だしさ、学祭ってチャンスじゃん! それに、わざわざ誘ってくるって脈あるんじゃない?」
「そ、そうかな……」
 トモちゃんは目をキラキラさせていて、イクちゃんも赤くなりながらすこし表情がゆるんだ。わたしは、すぐには言葉がわからない。言えなかった? 告白? と、いまいち話に入っていけない。ふたりがきゃいきゃい話し続けるすがたをながめてようやく、これは、恋バナというものなのかな、と今までの学校での経験から推測した。
「トモは中学の時とかどうだったの?」
「ええっ、私はー」
 今、ふたりのあいだでなされている会話は、わたしには知りえないもの。
 恋愛。
 中学校時代。
 どれも単語としてはわかるけれど、わたしのなかに実感をともなって根をはっているものではない。
「ね、つつじは? 好きな人とかいないの?」
「わたしは……」
 好きな人は。
 そう二の句をつごうとするけれど、ふ、とサツキに注意されたことを思い出して口をつぐんだ。それで、ゆっくり、別の言葉にきりかえる。
「わたしは、その。すきなひとのタイプはおとうさん」
「えーっ? つつじってファザコン?」
「父親とかありえないっ、うちの親なんて――」
 話はまちがわなかったけれど、ふたりの共感はえられないみたい。
 それからすっかり、ふたりは父親の悪口を披露していくようなかたちになって、わたしはそれにもついてはいけない。そこにあったのは、わたしには理解しえない、それぞれの家のすがた。
 ポケットのなかの携帯を意識する。とりだして、すぐにでも、サツキにお願いしたい。
 だけども昨日、きつく言われた。「一ヶ月に二匹が限度」、「この前からまだ間が開いてないから来週までは我慢しろ」、がまんしろ。


 子供の頃、おなかによくわからないものが渦巻いた時、いつも猫がとなりにやってきた。
 わたしはそのしっぽをつかんで床にたたきつけたり、蹴飛ばしたり、ナイフで刺したりした。そうするうちに、得体の知れない感情は殺されていた。
 今ではそれもじゅうぶんに叶わなくて、わたしのおなかにはなにか、変なものがすんでいることが多くなった。


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