幸せになれない星の住人 6−3

幸せになれない星の住人

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6−3


 学校祭が終わってイクちゃんとトモちゃんと別れ、わたしはひとりで地下鉄に乗った。そこからJRに乗りかえ、住んでいる町へ。
 けっきょく、祭の間はひとりでいることばかりだった。部活の出し物といって、ふたりはいそがしく駆けまわっていた。うちの学校なんてたいしたことない、そう言っていたくせに、ふたりはじゅうぶんに楽しんでいたようだった。
 まだ陽が落ちてまもない、薄暗いだけの道をとぼとぼ歩いた。すると、どこからかあらわれた青みがかった黒の猫が、わたしの足もとでにゃあと鳴いた。
 猫はわたしによく寄ってきた。こちらの敵意に気づいていないのか、それともわかっていて知らんぷりをしているのか。どちらにしろ腹がたって、わたしは猫を蹴り飛ばしたい衝動にかられる。
 だけど、と踏みだしそうになる足をひっこめた。この猫は首輪をしている。
 四月にだらしなく太った白い猫を見かけて、イライラにまかせて地面にたたきつけた。その時呼んだサツキは、「飼い猫には手を出すな」ときつい口調でわたしを叱った。
 サツキを怒らせるのはだめ。
 この猫はあきらめる。ただ、きっとメールをしても、「まだ我慢していろ」と言われる。わたしはがまんしなければならない。サツキの言うことにはしたがう。
 おなかをおさえながら家に帰ると、リビングのソファでサツキが横になっていた。制服も着たままでだらしない。こんなこと、サツキにしてはめずらしかった。
 ちかよってじぃっと眺めていると、サツキの顔が苦しそうにゆがむ。うなされている。わるい夢でも見ているの? 白いほっぺたに手をやろうとするけれど、やはりひっこめた。ただ寄り添って、見ていることにした。

 次の週の休みの日、わたしはイクちゃんとトモちゃんにつれられて別の学校のお祭りにきていた。ふたりは「うちの学校より全然凝ってる!」とはしゃいでいたけれど、わたしにはどれも同じハリボテにしか見えない。先週とどこがちがうの? とは口に出せずにいた。
 イクちゃんの足どりは確かなもので、まよいなくどこかの教室を目指していた。トモちゃんはうれしそうについていく。わたしはふたりの背をひたすら追う。
「おー、イク」
「久しぶり!」
 そしてたどりついた模擬店で、イクちゃんは入口ちかくにいた男の子に声をかけた。笑って反応する男の子。それからすこし話しこんで、イクちゃんと彼は教室を出ていった。トモちゃんは笑顔でその様子を見守る。
「上手くいくといいよねーっ」
「……そうだね」
 わたしはうまくいく、というのがわからずに、適当に返すしかない。
 それからトモちゃんとふたりで別の店をゆっくりと見物した。漫画イラスト部の展示に、「うわっ、うちの学校より上手ー」とトモちゃんは感心していた。その後フランクフルトをふたつ買って、ふたりで食べて、その間もトモちゃんは携帯をしきりに気にしていた。
 この前の学校祭のくりかえしのようなことを、どこかそわそわしながら再現していた。落ち着かない時間。そんななか、ようやくトモちゃんの携帯が鳴る。メールじゃなく、きたのは電話。
「イク? どうだった――うん、うん」
 わかった、とつぶやいて、トモちゃんは電話を切った。それから、「行こ、つつじ」とけわしい顔でわたしをうながす。
 ついていった先、人気のない廊下のはしっこにイクちゃんはいた。泣き腫らした目をしているイクちゃんにトモちゃんは真っ先に駆けよって、その背を優しくたたいた。涙をぬぐってあげる。イクちゃんがぼろぼろの声でなにか言うのをよく聞いて、慎重に言葉を口にしたり、時にだまっていてあげる。イクちゃんはずっと、トモちゃんを見ていた。
「トモぉ……私」
「うん……ごめんね、脈あるとか適当なこと言って……」
「ううん。ありがとう……」
 トモちゃんはしばらく、イクちゃんを抱きしめていた。イクちゃんの嗚咽がどんどん小さくなっていく。肩のふるえが、しだいにおさまっていく。
 自分で涙をぬぐったイクちゃんは、弱々しくではあるけれど、笑った。それにつられて、トモちゃんも笑った。
 その間。
 わたしはずっと、眺めているだけ。ふたりのなかに入ることも、口をはさむことも、なにもできない。わたしは、かける言葉もなぐさめる手も持ちあわせていない。
 ああ、ここにわたしの場所はない。


 外のせかいに出される時、おとうさんに「これからはともだちを手に入れなさい」と肩をたたかれた。
 ともだち。
 イクちゃんはおたおたするわたしに手をさしのべてくれた。トモちゃんもわたしの手をひいてくれた。
 だけど。
 ふたりに対してわたしは、ほんとうはなにも言えずにいた。だって、ふたりが歩いてきた道は、わたしとは様子がぜんぜんちがったから。ふたりはわたしと、気が遠くなるほどちがったから。
 おとうさんに言われたともだち。
 一時期はそれらしきものをつくったつもりになっていた。けれどわたしはきっと、まだなにも手に入れられていない。


 家に帰ってベッドにうずくまった。おなかが気持ち悪い。丸くなって、丸くなって、おなかを抱えるけれど、吐き気にも似たむかつきはおさまらない。
「つつじ?」
 サツキが呼んでいる。
 ごはんの時間だ。だけどわたしはうごけない。
「つつじ、おい」
 サツキが呼んでる。
 サツキが呼んでる。
 だけど、わたしは。


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