幸せになれない星の住人 6−5

幸せになれない星の住人

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6−5


 学校祭が終わりとってつけたような喧騒が消えてほどなく、期末テストも終わってあたりにはすっかりお休みムードが漂っていた。
「テストどうだった、絵空」
「だいたいいつも通りかな。相子は?」
「私はちょっと、ひどいかも……」
 テスト明け、夏休みまで残りわずかの教室で相子は頭をかいて苦笑いした。
「絵空、E大志望だよね? 変えてないよね? あーっ、私も頑張んないとなあ」
「……うん」
「頑張るからさ。絶対、一緒の大学行こうね」
 そうだね、とは言わず、私はただ笑みを返した。

 放課後、皆特に頑張って作業する必要もなくなった美術室で雑談だけした後、私と松本さんのみがその場に残った。
「夏休みも来てくれると嬉しいです」
 まだ松本さんの本命の絵は完成遠く。「相談」は当分続けられそうだった。
 スケッチブックに筆を走らせる松本さんを見守るように、しばらくは無言の空間を続けた。鉛筆が紙をこする、耳に囁くような音色だけがあたりに響く。
 熱中している彼女を不躾に眺めるのも邪魔か、と私は携帯をとりだした。かちかちとボタンを押し、画像のフォルダを開く。
 つい先日の放課後、またあの黒猫と会った。シルエットであの子に間違いないと思ったけれど、近寄って持ち上げてみると瞳の色が変わっていた。薄い青ではなく、透き通る金色。にぅ、と首を傾げるその仕草は前と変わらないが、どうしたのだろう。不安になったところで、そういえばと思い至った。いつか城原くんが、青い瞳は子猫特有で、数ヶ月でその猫本来の色に変わるのだと言っていた。
 よく見てみると、初めて出会った時より大きくなったような気がする。四月の末なんて、まだ触れるのもためらうくらい小さかったのだ。この子はちゃんと成長している。
 記念にと、何枚か写真を撮らせてもらった。まるで飼い主になったような気分。
「――何笑ってるんですか」
 いきなり後ろから声がして、私は動きを完全に止めてしまう。松本さんは、どうやら足音を殺して私の背後についていたらしい。彼女はどうも、人が悪い。
 画面を隠す暇はもちろんなく、彼女に見られてしまっていた。
「黒猫。絵空先輩の猫ですか?」
「ううん。近所の野良」
「あの絵の資料にでもしてたんですか」
「そんなところ」
 微笑みを取り繕い、私はなんとも適当な答えを返した。この子、この黒猫のことはあまり人には言いたくない。そんな風に秘めたがる自分に気がついた。
 松本さんは特に不審には思わなかったか、ふうんとうなずくだけだった。
 それでつい過度に安心して、口を滑らせてしまったのかもしれない。
「猫、ずっと飼いたかったんだよね。だけどうちマンションだし、なにより母が許してくれなくてね」
「そうなんですか。私はどちらかというと犬派ですね」
「へえ……それでさ、相子は小さい頃からずっと猫飼っててさ、羨ましくて遊びに行く度眺めてたよ」
「相子先輩、猫飼ってたんですか」
「うん。四月から、いなくなっちゃってるんだけどね」
「何笑ってるんですか」
 え、私、笑ってる? 軽い調子で受け流そうとしていた。
 けれど、松本さんは眼鏡の奥の目を鋭く歪め、どこか驚きを含んだような、こわばった声でもう一度言った。
「何、笑ってるんですか」


 そうして、夏休みが始まった。


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