電車のなかで、なにを言えばいいのかまったくわからなかった。
宵見、絵空さん。サツキのおともだち。
だけどわたしにとっては赤の他人で、それは彼女も一緒だった。ときおり互いを向いて、とりあえず笑っておく。だけどなにも話さない。そんな時間が、ずっと続いた。
さそわれた映画館、今流行っているらしいそのラブストーリーは、映像がとてもきれいだと思った。けれど、それ以上にうまくは感想がでてこない。上映中に必死で探すけれど、自分がなにを抱いたのか――そのなかに彼女と共有できそうな言葉はあるのか、見つからないまま映画は終わってしまう。もちろん、映画館を出る時は無言だった。
彼女は「お腹空いたね?」と小声でささやき、わたしたちはそのままちかくの喫茶店に入った。メニュー表と時間をかけてにらめっこして、注文し終わった後もてもちぶさたで眺めてしまう。
やがてわたしの料理がやってきて、「先にどうぞ」とすすめられてフォークを握った。わたしが食べる間、彼女はだまっている。わたしもお行儀がわるいからなんて、ひたすら料理に向きあう。半分食べたところで彼女の皿もやってきて、ふたりでもくもくと食べる。わたしが先に終わってしまって、今度は逆。わたしがだまって外を眺める番。
おしゃれな喫茶店から人通りをなぞっていると、おなかの奥が渦巻くのを感じた。
――こんなことしたって、意味なんてない。
サツキはなにを考えているの? 「何でも言えばいい」なんて、こんな、知らない人に言えるわけもないのに?
ふと。
視線に気がついて、そちらを向いた。
「……城原くんは、なに考えてるんだろうね」
ぽつりと彼女は、わたしが思っていたのと同じことを口にした。それから、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんね? 私、初対面の人と話すの苦手で」
「え、あ」
「知り合いに、誰とでもすぐ仲良くなれる人とかいるけど、全然、真似なんてできないな――」
ため息をつきながら、彼女は微笑んだ。
それを見ていたら自然と、声が出ていた。
「わたしも」
彼女がおどろいたように、すこしだけ目を大きくする。意識してからは、言葉を出すのはたいへんだった。けれどもわたしには今、言えそうな言葉があった。
「会ったばかりなのに優しくしてくれる子がいて、うれしかったけど、それよりはびっくりしちゃったの」
「そうなんだ。ね、そうだよね」
そう、うなずいて。
彼女は、申し訳なさそうにではなく、困ったふうでもなく、ちゃんと、笑ってくれた。
それから彼女は、自分は映画の感想を言うのがへただと教えてくれた。わたしは必死になってうなずく。その様子がおかしかったのか、彼女は笑う。そうして、小説なども読んだ後に思ったことをまとめるのが苦手で、本をすすめてくれた人に申し訳ないんだとか、そんなことを話してくれた。
イクちゃんとトモちゃんのようにテンポよくはしゃべれない。けれど、彼女との会話は、ひとつひとつを大事にするみたいで、慣れてくると沈黙だってこわくない。こういう雰囲気もあるのだなと、わたしの胸はときめいていた。
ゆっくり、立ち止まりながらだったから、やりとりにはとても時間がかかった。きっと手で数えられるくらいのことしか話していないのに、気がつけばもう日が暮れていた。
電車に乗りながら、同じペースでぽつりぽつり。へたくそな球を、ふたりしてとりこぼさないようにする、そんな空気が続いていた。
そうして。
いつもの駅に着くのはすぐ。ここからは、わたしと彼女は帰る方向が別。
「あの、今日は、ありがとう」
「ううん、こちらこそ」
ぎこちなくお礼を言うと、彼女はなんてことなさそうに笑った。
ああ、これで終わりか。心地良かったな。思えば、イクちゃんとトモちゃんといる時より、ずいぶんすなおに話せた気がする。
だけど、まだ足りない。まだ、話してないことはいっぱいある。ほんとうのことだって、まだ。
ああ。なごりおしいって、こういうことをいうんだな。
「それじゃ――またね」
夕暮れにうつむきかけた顔が自然とあがった。
彼女は手をふっていた。わたしに笑いかけて、ゆっくりと背を向けて。
またね、と。
そうだ、まだ時間はあるのだ。
今度はもっと、いろんなことを話せるように考えておこう。もっといろいろなことを話して、彼女にわたしを知ってもらおう。
彼女にほんとうのことを言おう。
そうして彼女を手に入れよう。
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