幸せになれない星の住人 9−3

幸せになれない星の住人

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9−3


 わたしはサツキの言いつけを破ることが時々あった。それは夢中になってしまっている瞬間で、サツキの声が頭にひびくのは後になってから。
 そうしてそれから、ちゃんと守ったほうがよかったのかな? とすこしだけ考えるのだ。


 あっという間に時間はすぎて、もう夏休みも終わり。そんななかで絵空ちゃんと会っていた。
 わたしは昨日も一昨日も頭のなかで考えてきたまだ言っていないことを、よく聞こえるようゆっくり言う。楽しくて時間がすぎるのが早いなんて、はじめての感覚かもしれない。ただ、絵空ちゃんの笑顔はまだかたい感じがする。まだなにか足りないのかな? 言いながら、どんどん考える。
 それでも、いっぺんに言うのはもったいない気がして、わたしは時々べつのこともさしはさむ。
「そういえばさいきん、サツキが変なの」
「城原くん?」
「あまりねむれないみたい。かと思ったらソファでずっとねてて、ごはんつくるのが遅れたりするの」
「……ご飯つくるの、城原くんなんだね」
 そうだよ、とわたしはまばたきする。
 絵空ちゃんはすこしだけふっと、自然に笑った。それから、やわらかく続けた。
「その、二人って、血が繋がってないんだよね。だけどサツキとつつじで名前がかぶってる感じがして、なんだかおもしろい」
「そう?」
「サツキくんは五月生まれのサツキなんだっけ。そういえば、つつじちゃんの方がお姉さんならつつじちゃんの誕生日四月なんだ?」
「へえ、そうなんだ」
 サツキが五月生まれだなんて、はじめて聞いた。誕生日なんて気にしたこともなかったから、知ったのは今がはじめて。
 絵空ちゃんはまた変な顔をしている。けれどわたしが見つめるのに気づいて、とりつくろうように言葉を続けた。
「つつじちゃんとサツキくんは、仲が良いんだね?」
「そうなのかな。よくわからない」
 わたしとサツキ。そういえばわたしはサツキのことはよく知らない。気づいたらそばにいる。
 サツキはわたしの母親からわたしのことを頼まれている。それでわたしにあれこれと口を出す。口を出しながら、わたしの言うことならたいていきいてくれる。ごはんもつくってくれる。
 猫をもってきてくれる。
 その時ずっとわたしを見ている。
 わたしが言いつけを守っていれば、なにをしても許してくれる。
 そしてわたしがサツキの言いつけを守るのは、最後に会った時のおとうさんも言っていたからだ。「サツキくんの言うことをよく聞くんだよ」と。あふれる他人のなかで頼っていいのは、サツキだけ。
 だからわたしはサツキといる。
「よくわからないけれど、たぶんサツキがいないと困る」
「……そうなんだ。ねえ」
 と、そこで、絵空ちゃんがおそるおそるといったふうに、喫茶店のテーブル、正面にすわるわたしを見た。それからゆっくりと、口を開く。
「つつじちゃんはサツキくんが猫を殺していること、知らないんだ?」
 聞いた後でさえ、まよっている。絵空ちゃんの目は、そんなふうに揺れていた。
 どうしたんだろう?
 それに、へえ、そうなんだ?
「サツキも猫殺してたんだ」
「……え?」
「わたしにさんざん、ほんとうはいけないことなんだなんて、言ってたくせに。サツキもやってるんなら、こそこそしないでわたしの横でやればいいのに」
 口をとがらせてから、ふと気づいた。
 これは、サツキの言いつけを破ってしまったことになるのだろうか? 『猫殺しのこと以外は』――ああ、おもいきり、しゃべっちゃった。
 だけどまあ、しかたないよね?
 ほんとうのことは、言わないと。きっとそっちの方が大事なのだ。
「――絵空?」
「あっ」
 その時だった。
 絵空ちゃんの顔が今までに見たことないくらいこわばって、わたしがそれをほぐすために次の言葉をかけようとした、その瞬間。
 すわるわたしたちの上から、声がふってきたのだ。
「相子」
「絵空、うわっ偶然! 何してるのー?」
 だれだろうこの子。
 思う前に、その子の方が言った。
「この子誰?」
「えっと、最近……友達になった」
「へえ、そうなんだ。初めまして、私、小林相子っていうの。よろしくね」
「……え」
 よろしくって、なにが? なんなんだろうこの子。いきなりやってきて、わたしたちの間にわって入って、よろしくって。
 わたしのとまどいに気づいてくれないのか、絵空ちゃんは「こちら、城原つつじちゃん」と勝手に紹介する。小林相子という女が、「城原って、うちのクラスにいなかったっけ」とやかましく言うと、絵空ちゃんはすこしだけ困った顔をして、「偶然同じ苗字でびっくりした」とうそくさい笑顔を返した。
「ちょっとこっちに用事あったからさ。せっかくだから一人でもお茶しようと思って」
「ああ、そうだったんだ。じゃ、こっち座りなよ」
 その女は、絵空ちゃんに言われるとまよいもなくすわった。
 それから次々と、言葉を放る。わたしが考えている間に、どんどんどんどん別の話がうまれていく。
「そうだ、この後一緒にあの店行こうよ」
「あ、いいね。そういえばあそこに行くの忘れてた。……いいよね? つつじちゃん」
「あ、う」
 中途半端にうなずくことしかできなかった。
 わたしはそんなありさまなのに、絵空ちゃんは、このうるさい女のペースにちゃんとついていってる。
 そして。
 わたしといる時よりも、絵空ちゃん、楽しそう。


 いつもそうなの。
 いつだってそうなの。
 わたしの欲しいものは、ちゃんと手に入ったことがないの。


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