2月30日

top



 たつみくんの中で三月一日という日はないことになっている。
 二月二十八日の次の日は二十九日。その後は三月一日を飛ばして、何事もなかったかのように三月二日。
 じゃあ今年みたいなうるう年はどうするのかと思っていたら、メールが来た。
『明後日の二月三十日、暇?』
 二月二十九日の次は、二月三十日らしい。わざわざ強調するみたいな文面に、私は苦笑したくなるけども笑えない。
 なにがなんでも、三月一日は来ない。二月三十日の次は、きっと三月二日。三月一日が来ることを、たつみくんは、認めない。
 迷うことなく、私は短い返信をした。
『大丈夫だよ』
 世間でいうところの三月一日、私たちは毎年一緒に遊ぶことにしている。たつみくんの気が済むまで。


 朝待ち合わせた駅、たつみくんは約束の時間よりも十分くらい早くやって来た。それより先に来ていた私に駆け寄ってから、なんてことなさそうに口を開く。
「誘っといてなんだけど、本当に今日大丈夫だったの?」
「高校は卒業式だったりする」
「それって出なくていいわけ?」
「ま、私の式じゃないしね」
 軽く肩をすくめてから、私たちは駅のホームへと歩き出した。
 うちの高校の場合、二年生は卒業式に強制参加だったりするのだが。まあ、一人くらいサボっても問題はないだろう。来年はそうもいかないけどね、という含みも込め、私はたつみくんに目を細めた。
 というか、私よりも彼の方が心配なのだが。
「たつみくん、高校入試って今年はいつだっけ?」
「三月四日」
「……遊んでて大丈夫なの?」
「ま、大丈夫大丈夫」
 こちらの心配もよそに、たつみくんときたら鷹揚なものだ。彼が昔からできる子なのは私自身よく知っているけれど、納得していいものかどうか。その証拠に、向けられるニカッとした笑みはまだどこか幼く感じられて。
 本当に大丈夫なの、と念を押そうとしたら、ふっと、並んで歩く頭が私より一つ分も上にあることに気づく。その瞬間、思わず呟いていた。
「たつみくん、大きくなったねぇ」
「……そうかな」
「……うん」
 三月一日が来なくても、たつみくんはどんどん大きくなる。
 その当たり前に二人して思い至って、私たちは足元に目線を落としていた。
「えーと、今日は、どこ行こっか? 映――」
「ん?」
「いや、なんでもない」
 気持ちを切り替えるように「映画でも行こうか」、と言おうとして、慌てて口をつぐんだ。
 まもなく列車が到着します、とアナウンスが入る。私たちは毎回、色んなものが揃う大きな町でとりあえず降りて、適当にぶらぶらしている。その駅の近くには大きな映画館もある。
 けど。今日行ったら、こっちの事情なんかは知らない映画館はファーストデイで割引、ありがたいことに千円ぽっきり。そうやって「今日は三月一日なんだよ」と、悪気もなく主張するのだ。
「……たつみくん、どこ行きたい?」
「ふーこさん好きなとこでいいよ、別に」
「今日は、たつみくんのために来たんだから、さ」
 まだたつみくんに三月一日をつきつけるのは酷な気がする。だから、とりあえず私たちは映画館には行かない。


 色々と迷った末に立ち寄ったのはゲームセンターだった。しばらくの間、たつみくんが格闘ゲームだとかリズムゲームだとかをやっているのを私は後ろから見ていて、そのうち誘われ二人でガンシューティングなんかに手を出してみた。
「ちょ、ふーこさん、俺撃たないで」
「えーっ、ちょ、だめ、どうしても当たるって」
 そのゲームは最終スコアによって相性度が表示されるもので、たつみくんと私の相性は十パーセントとかだった。「ふーこさんのせいで!」「そんなぁ」なんて口々に言いあって、はしゃぐ私たち。
 それからまた別のガンシューティングに二人で挑戦してみたりする。どのゲームでも、私の方が先にモンスターとかにやられてしまって、たつみくんの方が長く生き残る。
「ふーこさん、下手くそすぎだって」
「しょうがないじゃん」
 くったくなく笑うたつみくんに、頬を膨らませながら私も楽しい。意地になったふりなんかして、もう一度コインを投入してみせる。
「だいたい、たつみくんがこういうの上手すぎるんだって」
 再度銃を持ちながら、隣を見上げる。するとたつみくんはワンテンポだけ遅れて、軽いノリで、
「そっかなー」
 と言った。その様子にハッとして、私は彼の横顔をまじまじとうかがってしまった。
「どしたの?」
「……別に」
 きょとんと首を傾げるたつみくんに繕いきれず、小さな声でしか答えられない私。どうも毎年、この日はしたくもないうっかりを、ついしてしまう。
 いけないな、勝たないと。私は本当に意地になって、銃の固い感触をぎゅっと確かめ直した。


 お昼になって、私たちは適当な喫茶店に入った。食べ物が出てくるまでの時間、コップの水にちびちび口を運びつつ、雑談したりする。
「高校生ってどんな感じ?」
「えー、高校によりけりじゃない? たつみくんは、北高受けるんだよね」
「一応ね」
 ふざけるような調子で口ずさむたつみくんに、「一応ってもう、落ちたりしないでよ」、なんて言いそうになってしまう。まあ、このくらいなら口にしてもセーフなのだろう。ただ私はどうにも軽率だから、そこまで言ったら「たつみくんが落ちたりしたら、おじさんおばさんも落ち込んじゃうでしょ――」なんて続けてしまうかもしれない。だから、余計な言葉は返さないようにする。
 不自然な沈黙は作りたくなくて、私はたつみくんの友だちのことなんかを訊ねてみた。近くに住んでいても、歳が少し違うだけで世界は全然違う。特にたつみくんが中学生になってからは、今日みたいな日以外には基本的に会えなくなって、耳にする話はどれも聞いたことのないものばかり。
 ただ、話せることにはどうしても限りがあって、いつまで経っても料理は届かなくて、沈黙は訪れて。
 私は無理矢理、話題をひねり出す。
「そういえば最近、たつみくんとこの犬、見てないなぁ」
「ああ」
 たつみくんの家では四年前から、室内犬を飼っている。毛が長くて小さくてほわほわした、可愛らしい犬。たまにたつみくんが散歩に連れて行くところで会ったりしたけれど、そういえば最近は姿を見ないな、と、ふと思ったのだ。
 そして、無理矢理ひねり出した話題というのは、たいてい失敗する。
「コロなら、死んじゃった」
「え」
「ちょっと前に」
 なんてことなさそうに語るたつみくんに、私は息を飲んで、言葉が出ない。これもまた失敗。彼のように軽く、「そっかあ……かわいそうに」と返せば、それでよかったのに。黙ってしまったから、私は自分の至らなさに頭が痛くなる。
 そうして二人とも言葉なく、なんとなく水にも口を運ばない。氷もだいぶ小さくなってきたコップ、その表面を伝う水滴を見るともなしに見る。
 そのうち、たつみくんが、呟いた。
「……ふーこさん、毎年、ありがと」
 その声はただ、静かだった。うつむく顔にどんな表情を浮かべているのか、私にはわからない。確かめる勇気はない。
「……うん」
 だから私は、短く返すことしかできない。
 そうする間にようやく料理が運ばれてきて、私たちは黙々とフォークを動かした。お行儀が悪いから。食べている間は、喋らなくてもいいのだ。
 だけども皿が空になる手前で、たつみくんは口を開いた。
「この後ちょっと、いい?」
「うん?」
「花屋と、色々」
 ずん、と、胸が鈍い音を立てた。
「花屋と色々に――行くんだ?」
「……うん」
 どうにも重くなってしまう声で訊ねると、たつみくんも声を落として、それでもしっかり、うなずいた。
 花屋と――色々。
「じゃあさ、私もちょっと別のところに用事あるから」
 努めて明るく、私は言う。
 もしかしたら、来年からは三月一日が来るのかもしれない。そう、思いながら。


 それから私たちはそれぞれに荷物を持って、電車に乗り込んだ。二駅で降りて、そこからひたすら雪道を歩く。たつみくんは、花屋で調達してきた花束を、大事にするでもなく揺らしながら。私は、別の場所で調達してきた箱、それが入った白い袋を手に提げて、なるべく揺らさないようにしながら。
 どうにも腰が重くて喫茶店に長居してしまったから、時刻はもう四時前だ。曇り気味の空は少しずつ薄暗く、影を落としていっている。
 たつみくんは目的地を口にしないけれども、なんとなくはわかった。たぶんまだ、結構歩く。会話がないのが気詰まりだけれど、もはや、なんにも言うことはない。ただただ、歩く。お互いの隣は離れないように。
 そのうち視界に現れたのは、灰色の群れ、たまに黒、そんな石がたくさん立ち並ぶ光景――雪をかぶりながらも、真っ白に埋もれきったりはしない、霊園。
 たくさんの人たちの、お墓だ。
「……久々だなぁ」
「私は、初めて」
「そっかぁ……だよな」
 本当ならば緊張して、心臓がうるさくなったのかもしれない。ただ、数えきれない墓石を前にして、どうしてか気分は静かになった。不思議なくらい、落ち着いている自分がいる。たつみくんはどうなのだろうか。
 一つ呼吸してから、隣の足が動き出す。私はそれに、ぴたりとついていく。久々と言っていた割に、その足取りに迷いはない。しっかりと、目的の場所まで、刻み込まれているよう。
 私は隣を行きながら、視線をせわしなく動かした。鈴木家之墓とか、佐々木家之墓とか、灰色の石には力強い黒で刻まれている。黒い石には、白い文字が確固として。どの墓石も同じくらいの大きさで、たまに一際大きなものや、お地蔵さんの像が祭られたものが混じる。冬の間だから花を供えてあるものはあまりない。墓石も通路も雪を載せ、生きている音は全部吸い込まれていきそうだった。
 入り口からだいぶ遠くまで来たところで、たつみくんが立ち止まった。白い息が一瞬漂い、もやのように消えていく。
「……ここなんだね」
「そ」
 小さく答えてから、たつみくんは一歩前に出る。それから無造作に、墓石の前に花束を放った。
 私はなんにも言えなくて、その背をただただ見つめる。それでもどうにかと思って出た言葉は、冷たい息にも負けそうなものだった。
「――四年目、なんだよね」
「だね。ちょうど、うるう年だ」
 音は全部消されてしまいそうな冬のお墓で、私たちはどうにかお互いの声に耳を澄ませていた。
 たつみくんは墓の方にまた歩み寄って、雪がこびりついた石の表面をごしごしこする。それからまた一つ、息をついて、私を手招きした。
「ふーこさんから、手、合わせて」
「……たつみくんが先でしょ」
「俺は、後がいい」
 たつみくんはものすごく穏やかな目をしていて、だからこそ有無を言わせないものがあった。私は小さくうなずいて、たつみくんが下がるのと交代で、お墓の前にしゃがみ込む。
 お線香もなにもない。ただ、乱暴に置かれた花束を見下ろしてから、祈るように、手を合わせるだけ。そうして、そこに眠る人物に語りかける。
 たつみくんのお姉さん。
 あなたが自殺してから、四年目なんですね。


 たつみくんのお姉さんと私は同い年で、家も近いから仲良しだった。一緒のクラスになったことは、何回か。中一の時も同級生だった。
 彼女は四年前の今日命を絶って、私がそれを知ったのは、翌日の教室でのことだ。私の親が言えなかった事実を、担任の先生は涙ながらに説明した。詳しいことは、その後で近所の人たちから聞いた。
 お姉さんはずっと、何年も、たつみくんへのコンプレックスを募らせていたとか。弟ばかり可愛がられて、嫌な思いをしていたんじゃないかとか。そこらへんは私も薄々、気づいていた。彼女は弟の悪口を直接言ったりしないし、私たちにくっついてくるたつみくんに、精一杯笑顔を振りまいていた。でも例えば、「この前たつみが、テストで百点とっておもちゃ買ってもらったの」なんて話をしている時、よく見ると、彼女の目は暗く沈んでいた。本当はいい子なのだけれど、どうにも不器用で、叱られてばかり。そして元々、神経質な子でもあったのだろう。私も小さな頃から、子供ながらに「危うい子だな」というようなことを感じていたのを覚えている。
 そうして、四年前の、今日。
 たつみくんは、両親から犬をプレゼントされた。可愛い室内犬の、コロちゃん。
 お姉さんも、犬を欲しがっていた。でも、「あんたみたいな悪い子には飼わせません」なんて言われて、仕方なく、諦めて。
 その犬を、たつみくんは簡単に手に入れてしまった。
 この出来事が引き金となって、彼女が胸の内に溜め込んでいた色々ななにかが爆発してしまった。たつみくんが家にやって来た子犬とじゃれあう中、お姉さんはひっそりとその場を立ち去って、近くのマンションの屋上から飛び降りた。
 それが、三月一日のこと。


 私の後に続き、たつみくんはずっと、手を合わせていた。背中しか見えないけれど、きっとその目は固くつぶっているはずだ。
「――俺への当てつけで、ねーちゃん、死んだんだ」
「……うん」
「俺がなんでもできる子で、可愛がられてて、ねーちゃん、死んじゃったんだ」
「……うん」
 冗談みたいに綴られる言葉に。決してこちらを振り向かない背中に。私は、うなずくことしかできない。
 ――別に、たつみくんだけが可愛がられていたわけではないのだ。
 お姉さんはお姉さんで、両親に十分気にかけられていた。まだ小さいたつみくんが、「ねーちゃんばっかり」なんてぽつりと口にしていたのを、うっすら覚えている。
 犬のことだって、本当はお姉さんの言うことを聞かなかったのではなくて、姉弟で欲しがっているのがわかっていたから、たつみくんの方に合わせただけ。二人で世話をすればいい、と両親は考えていたのだと、誰かから聞いた。
 だけどお姉さんはそんなことに気づけなくて、かけ違ったままのボタンは直されることなく。たつみくんのお母さんは今でもふさぎ込んだままで、お父さんは遅くまで仕事に没頭して、家に寄りつかなくなって。
 たつみくんの家では、三月一日は、なかったことになっている。
「――たつみくん」
 私は胸に手を当てて、雪に吸い込まれないようしっかりと。大きな背中に呼びかけた。
「これ、食べよう」
 そうしてがさがさ、袋から箱を取り出す。その音はたつみくんの耳にちゃんと届いたようで、こちらに視線が向けられた。
 箱を開け、取り出したのは。
「……墓場で、ケーキ?」
 あきれたように、たつみくんは薄く笑った。
 箱の中に入っていたのは、苺の載ったショートケーキが二つ。さすがに、ホールケーキは買えなかった。だけど。
「お祝い、しよう。今日は――たつみくんの、誕生日だから」
 他に生きている人がいない静かな霊園に、私のその声は残酷なまでに響いた。
 ろうそくもなにもないけれど、これは、誰がなんと言おうと、バースデーケーキ。
 私から、たつみくんへの。
「墓前だよ」
「でも」
 本当はずっと、誰かに祝ってほしかったんでしょう、と、私は視線に力を込めた。
 三月一日は、たつみくんと家族にとっては、なかったことになった日。
 たつみくんにとっては、二月二十九日だとか、三十日だとか言って、どうにかやり過ごす日。
 お姉さんが、死んでしまった日。
 だけれども、私にとっては――友だちだった彼女に対して、とても、薄情なことだと思う。でも。彼女が死んでちょうど一年のあの日、姉の墓参りに行くでもない、ましてや誕生日だと浮かれることもできない、その寂しげな背中を見つけた時から――私にとって、三月一日は、たつみくんの誕生日だった。私だけはこの子が生まれた日を祝ってあげたい。そう思って、彼を遊びに連れ出した。それが、始まり。
「食べよう」
 なんだか泣きそうになってしまいながら、私は声を絞り出した。情けないことに、もう、たつみくんの顔を見ることもできない。うつむいて、答えを待つのみ。
 しばらくして、隣に、どっかりとたつみくんが腰かけた。雪の上で寒いだろうに、やけに緩やかな動作で私から箱を取り上げる。
 そうして乱暴に、ショートケーキを一つ、手づかみでむさぼる。
 私もそれに習い、隣に座り込んで、ケーキをつかんだ。
「――あーあ、なんでねーちゃん、よりにもよってこんな日にさあ」
「……なんでだろうね」
「もったいないよなぁ」
「ねー……」
 寒くて寒くて、ケーキの味はよくわからない。口の中は冷たくなっていくばかり。手もかじかんで、痛くて、どうしようもない。
「ふーこさん」
「なに」
「ごめん」
 白く息を吐き出しながら、たつみくんは、言う。うつむきそうになりながら、でも確かに、私を見据えて。
「やっぱり今日は――二月、三十日なんだ」
「……そっかぁ」
 私たちの声は、みっともなく震えていた。ここは特に寒いから仕方ないのだと、誰にでもなく主張してやりたい。
 今日は二月三十日で。
 三月一日はまだ、来ない。
「そっかぁ」
「ごめん」
 たつみくんにとっては、三月一日はなかったはずの日。きっとこのことは、ちょっとやそっとじゃ動かせないものなのだろう。
 だから今食べ終わったケーキも、ただのお供え物なのだ。置いていくわけにもいかないから、その場で召し上がった。それだけ。
「そっかぁ……」
「……ごめん」
 いつか、来るのだろうか。
 たつみくんの誕生日である三月一日は。お姉さんの命日である三月一日は。
「来年はどうかな?」
「わからない……」
「来年の――二月、二十九日か。来年はちょっと、付き合えないかもよ?」
「……どうしても?」
 息は冷たくて、肌を刺す空気にほっぺたは赤くなる。ただ、この雪に包まれたお墓は冷たいとかそんなものはとっぱらって、ひたすらに、静かに感じられる。
 ふと上を見上げると、夕方の空の端っこが、水の中に赤絵の具を筆で垂らしたみたいな色をまとっていた。その赤は淡くてすぐ消えてしまいそうで、淡いのに焼けつくほど綺麗に見えた。
 お墓から見る空というのは、どうしていつも、こう綺麗なのだろう。他の霊園に来た時も似たようなことを考えたのを、ぼんやり思い出す。
「いつか――来るといいね」
「え?」
「なんでもないよ」
 そう言って、立ち上がる。穏やかな笑みを口元に浮かべて、たつみくんを見下ろす。
「そうだね。来年も、付き合うよ」
「……本当に?」
 私は顔を上げるたつみくんに、手を差し出した。戸惑いながらも、たつみくんはその手をとる。そうして私たちは、一緒に歩き出す。
 ――今年の三月一日は来なかったことになるけれど、それでもまだまだ、たつみくんは生きているから。
 生きているうちに、もしかしたら、三月一日が彼に訪れるのかもしれない。お姉さんの命日の三月一日でも、私と同じくたつみくんの誕生日である三月一日でも、その他の三月一日でも、なんでもいい。
 なんでとか、どうやってとか、具体的なことはなにも言えない。けれど、三月一日が来ないままではきっと、だめなのだ。いつか彼に、なんでもいい、三月一日はやって来るんだ。
 だから私は、たつみくんの隣を歩いていよう。
 失敗して、余計なことを言ってしまうかもしれないけれど。それでも彼は、来年も隣にいてほしいと言ってくれるから。
 その日が来るまで、見守っていたいと思う。


-END-


top
傘と胡椒 index



Copyright(c) 2010 senri agawa all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system