推定都市伝説、探偵中。  ―暫定テロリストの礼節―

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一。


「しあさっての土曜日ね、電車に乗らない方がいいんだって」
 のどかな昼休み、加村実里枝(かむらみりえ)がコンプレックスである天然パーマ気味な髪の毛をいじりつつも比較的真面目にそうこぼしたところ、
「……は?」
 彼女の友人であるところの羽島要子(はしまようこ)は四角フレームの眼鏡のズレを直しつつ、あほの子でも見るような蔑みきった流し目でもってそう短く答えた。
 何をいきなり言い出すんだお前は、そんな友の意思を実里枝は感じ取り、すぐさま付け加える。
「いや、ね、昨日の放課後にうちの近くで男の人に道訊かれてね。それで教えてあげたら、『あなたは親切な人だから、特別に教えてあげましょう』って、そう言われたんだよ」
「特別にって……道教えたくらいで?」
「うん。上手く説明できなくて、それに雨降ってたのにその人傘持ってなかったから、傘にいれて一緒についてったげたんだよ」
「……ああ、あんた親切だな、本当に」
「なんか変な人だったよー、サングラスかけててマスクもしてて……ニット帽かぶってて」
「……よく傘にいれてやったな……」
 あきれを通り越して感心したよ、というような表情をする要子に、実里枝は目をぱちくりぱちくり、え、何かおかしかった? などと言ってみようかと考えるも、更にあきれを超越した顔をされそうなのでやめておいた。代わりに、もう中身がほとんどない牛乳パックをベコベコ吸い上げてみたりする。
 平和な高校生の休み時間、教室では他愛のない会話が絶賛開催中で非常に賑やかとなっている。近くの席でバラエティー談議に花を咲かせる女子たちが「だよねー、吉谷マモルとかいらないし」と口々に言うのを耳にして、実里枝は思わず「よ、吉谷はいらなくないよ!」などと突っ込みそうになる。が、そこで要子が箸をカチカチ鳴らしつつ話を戻してきた。
「しっかし、電車に乗らない方がいいって……」
「うーん、何かあるのかねえ……ちょっと、気味が悪いよね」
 吉谷のことはなんとか頭の隅に追いやりつつ、実里枝は要子の手元を見つめてうなずいた。
 そう、実里枝はこのことを誰かに話したくて仕方がなく、昨晩からうずうずうずうずと、いっそメールでもしちゃおうか……でも、わざわざメールで言うことでもないよね……、などなど煩悶しながら今日の予習に励んでいたのであった。そんな時に限って共働きの両親は不在、なんだか微妙に不気味な男の言葉を思い出して背筋を寒くしつつも頑張って英語の訳をノートにカリカリ書いたものなのだ。
「……テロ、とか?」
 その実里枝の無難な英訳を今朝方さも当然のように自分のノートに書き写していった要子が、意味ありげに間を持たせてから呟く。
「え」
 要子がノートを写している間、男の話をしようとすると邪険にされたことについて未だに少し思うところのある実里枝は、どう反応したものかわからずにとりあえず短くこぼす。
「なんだ、その微妙な顔は」
「だって、そんな壮大な……」
 壮大ってなんだよ壮大って、と微妙な顔をしてくる要子を目の前に、しかし実里枝は思う。
 テロなんて、そんな、ねえ……
「いや、この前さ、テレビで9.11のテロの検証みたいな番組やってたじゃん?」
「あー……、うん」
 そういえばそんな番組あったっけ、と実里枝は薄らぼんやり思い出す。
 あったんですよ、そんな番組が。と、実里枝の額に向けて箸を突きつけ、要子は話す。
「その時、兄貴が言ってたんだけどさ。テロの前日、ある女性が長年音信不通だった恋人から、『明日は何があっても飛行機に乗らないでくれ。あと、ハロウィーンにはショッピングモールに行かないでくれ』ってメールをもらったんだとさ」
「うん……」
「そんで翌日に例のテロが起きて、女性は彼氏のメールのことを警察に相談、彼氏はテロリストになってたと判明、メールのおかげでハロウィーンの方のテロはなんとか防げましたとさ」
「え、それ本当なの?」
「ああ、兄貴から聞いた話だとな」
 ほえぇー、と、実里枝は思わず呟いた。あの事件の裏でそんなことがあったなんて……などと思いを馳せつつ、牛乳パックに空気を送り込んでからまたベッコンベッコンと吸い込むという意味のない行為を繰り返してみたりする。
 要子もまた意味なく箸をくるくる回しながら、話を続ける。
「で、あんたの話を聞いて、その兄貴の話を思い出したわけなのだが。あんたが親切にしてやった男とやら、なんかグラサンにマスク? で怪しげな野郎だったんだろ?」
「う、うん……」
「やばげなフインキを私は感じるわけだが。……何か、その日に電車で起こそうってんじゃねーの? その辺どうよ?」
「う、うぅーーーーーー……ん……?」
 またもどう反応したものか困り果て、実里枝はとりあえず唸るしかなく。
 テロ、とかそんな、ねえ……?
 でも、あの男の人、確かにちょっと妙な雰囲気だったし……?
「あのさ、ミリえもんさんにイリコさん」
 と、その時。
 実里枝のことを「ミリえもん」呼ばわりしてしかもわざわざ「さん」付けし、要子のことは普通に「ようこ」と言えばいいものを「要」をわざわざ「要る」と読ませて「イリコ」などと呼ばわる男子が背後から片手を挙げつつ話しかけてきた。実里枝の知る限り、そんな人物は一人きりである。
「あ、子女ヶ原(しじょがわら)くん」
 口にするたび、珍妙な名前だよねえ……と実里枝はしみじみ感じ入る。
 そんな実里枝の思いを知ってか知らずか、子女ヶ原はその名に「女」が入っている通りに(?)柔和でしとやかな笑みを浮かべつつ、さらりと言ってのけた。
「それ、都市伝説だよね」
「は?」
「へ」
 昼休み、のどやかな喧噪の中、要子と実里枝が発した間の抜けた声は教室をふらふらとおぼつかなく漂い、三秒後には泡のように消えていくのだった。

*  *  *  *  *

 都市伝説。
 としでんせつ。
「そう、都市伝説。フォークロア……って言うと語弊があるかな」
「わざわざ英語で言うな、うっとーしい」
 あははは、いいじゃないかイリコさん、などとにこやかにあしらう子女ヶ原をぽぇっと見つめながら、実里枝はとしでんせつ……と、ぽつぽつ繰り返していた。
「あれ、ミリえもんさん、都市伝説知らないの?」
「んーと……都市伝説って、口裂け女ーとか人面犬ーとか、あと、膝の骨にフジツボびっしりーとか、そんなんだよね?」
「そうだよ」
「え、それが何か関係あるの?」
 おめめをぱちぱち、実里枝は「きょとーん」という文字を背後にたずさえつつ言った。
 そんな実里枝に対し、要子は真性のアホウを見るように眉根を寄せ、子女ヶ原はとりたてて気にする様子もなく微笑んだままだった。
「ミリえもんさん、要するにね、その『親切にしてやった男に、何月何日は電車に乗らないほうがいい、って教えられる』っていうのが、都市伝説なんだよ。あと、『アメリカのテロの前日に、ある女性が彼氏から飛行機に乗るなってメールをもらっていた』って話も」
「ええ! そうだったんだ」
 ああなるほど! と、ようやく理解する実里枝の右のほっぺたを盛大につねり引き伸ばしつつ、要子は心底嫌そうに溜息をつく。
「あーあ、兄貴の話真に受けて恥かいたわ……」
「お兄さんもその話本当だと思ってたのかな……イリコさんにわざと嘘教えたっていうのも、あのお兄さんならありだと思うけど」
「うっさいな! 本当に、しじょかさんは、うっさいな!」
 そうやって「うっさいうっさい」と繰り返す要子の手にこもる力はうなぎのぼり、一・三倍程になっていく。
 さらに激しく頬をねじられつつも、実里枝は要子が恥ずかしがる様をおもしろく眺めていた。ついでに、「『しずかちゃん』になぞらえて『しじょかさん』って呼ぶのは、ちょっと苦しいよね……」などなどさりげなく思ってみたりする。
 そんなやりとりが一分少々、ようやくほっぺたを解放された実里枝は、じりじりする患部をそろそろとさすりつつ話に戻る。
「それにしても、そんな都市伝説があったんだねえー」
「結構有名な話だよ。やっぱり例のアメリカのテロの後かな、こういう噂が爆発的に広まったのは」
「へえー」
 感心した様子の実里枝にうなずきつつ、子女ヶ原はすらすらと語る。
「都市伝説なんだって誰も気づかずに噂が広まって、新聞沙汰になったこともあるね。細菌テロが起こるんじゃないか、とか皆して騒ぎ立てて。ああ、あと、男のことを不審に思って警察に行ったら、ブラックリストみたいなのを見せられて、その中に件の男の顔が……ってオチがつくこともあるよ。親切にしてやった男っていうのは、アラブ系外国人って場合が多いね。例のテロ組織のことを連想させたいんじゃないかな。この都市伝説、『アラブ人の恩返し』っていうタイトルになってるのが一般的だしね。別バージョンで、某国の工作員だとか、某宗教団体の信者っていうのもあるよ。昔の知人から『何月何日は家族で旅行にでも行ってくれ。絶対に、東京から離れているように』って手紙が来たっていうやつとか。その知人が某国工作員で、その日東京にミサイルが落ちてくるんだよって話。ああ、あと、イリコさんが言ってたやつは、アメリカで一時期出回ってたチェーンメールを参考にした話だと思う。日本だけじゃなくて、世界中にそういう都市伝説があるんだって」
「……っていうか、しじょかさんよ、あんたいつから私らの話聞いてたわけよ」
「で、ミリえもんさん、君が会ったっていう男はたぶん、道案内してもらったっていうシチュエーションを利用してその都市伝説を言い触らしてみたくなったとか、まあ、そんな遊び心だろうから、心配することないよ」
 要子の指摘をさらりらかわして微笑みかけてくる子女ヶ原と、スルーされたことにより彼の顔をじろりら睨みつけるという選択肢に切り替えた要子とを見比べた末、実里枝は、
「う、……うん」
 と歯切れ悪く答えるのみにしたのであった。


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