推定都市伝説、探偵中。  ―暫定テロリストの礼節―

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三。


 絶対、制服のやつだ。
 朝陽射すロングシートの中程で電車に揺られつつ、実里枝はそう思った。
「要子さん、それ制服のブラウスだよね……」
「そうだけど、何か問題が?」
 金曜日の放課後まで散々粘って抵抗し、夜には「本当に私も行かなきゃダメ?」とメールも送ったが華麗に無視を決められ――そんな感じで来る土曜日、実里枝は腹をくくって、要子に指定された電車に乗ったのであった。しかも、「どうせお友達とお出掛けするなら、ちょっとおしゃれとかしてみようかなあ」などと思い立ったりして、この秋買ったばかりのフレアーなスカートやらブーツやらを引っさげてみたりしたのだ。
 が、そんな実里枝の乙女心を見事なまでに粉砕せんとばかりに要子は電車に乗り込んできた。制服のブラウスに、制服の……ではないが、下手をすれば制服のものよりも地味々々としたセーター、極めつけは数年間穿いたがごとく色あせしたジーンズ。おおよそやる気のないファッション以外の何物にも見えるはずがなく。
「いや、だってさ、電車乗るだけだぜ?」
「……なんかもう、要子さんにとって私と出掛けるのなんか、どうでもいいことみたいで哀しいよ……」
「うっさいなー、お前は私の彼女か!」
「か、彼女って!」
「大体ミリえもんよぉ、お前、その程度でおしゃれしてきたつもりか? なんか全体的に茶色で面白みがないんだよ」
「ひ、ひどっ!」
「私を唸らせたいならば、ゴスロリくらいはやってきてもらわんとな」
「ご、ごす……無理ですよ、どうせ私は地味ですよ」
「……まあ、実際いたんだけどな」
「えっ……ゴスな人が?」
「……しじょかさんの妹だよ。中学の時、一緒に出掛けて……あれは恥ずかしかった……」
「へ、へえぇーぇ……」
 あれこれ問答した末に、実里枝はぐりゃぐりゃと純情な感情を抉られたあげく友人の妹の生態を知り微妙な気分にさせられ、要子は要子で自らの思い出に打ちのめされているようで、とにかくまあそのような感じで惨憺たる結果なのであった。
「……に、しても、空いてるねえ」
「あー、土曜の朝っぱらだからなー、毎日これくらい空いてりゃいいのに」
 無難な方向に話を変える二人。
 時刻は午前の七時過ぎ、車内には実里枝と要子、あとは六人程が離れた席に座っているのみであり、実に静かな光景だった。さっきの会話、丸聞こえだっただろうな……と実里枝は密かに恥じらってみたりする。
 そして要子は言うまでもなく、周囲の目などまるで意に介していない模様。
「そうだなー、とりあえず九時半くらいまではこの電車でねばるか。それから適当に、快速でも乗っちまおう」
「……私はやっぱり、気が進まないよ……」
 おしゃれなどしつつも実里枝があまり乗り気でない理由、それは主に「何か事件が起こるかもしれないから、電車に乗ってみよう」という流れに納得がいかないということにあるわけだが、他にも少々複雑だったりするのである。それがこれ、「通学定期の範囲外まで、しかも何時間も電車を乗り回すなんて……」というものであった。
 会議の末(その場における実里枝の影が著しく薄かったことは言うまでもない)、要子班と子女ヶ原班は最初に上りと下りの二手に分かれた後、各自の判断で快速に乗ったり逆方向に乗り換えたりしつつ、適当な時間になったら元の駅に戻ってこようということになった。適当な時間というのがいつのことか、細かいことは設定していないものの……その間、どれだけ乗り続けても電車賃はかからず。実里枝は少しばかりぎゅむぎゅむとお腹を締め付けられるような思いなのであった。
「ったく、盛り下がること言うなよなー、ミリえもん」
「だっ、だって!」ここで先ほどの恥じらいを思い出し、実里枝は声のトーンを下げる。「なんていうか、こんなことしていいのかなって……」
「けっ、この優等生きどりめが」
「きどりって!」
「どうせバレやしないって、堂々としてなさい」
「……バレないとかそういう問題じゃなくてね……はあ、もういいや……」
 実里枝は諦観モードで嘆息。こちらが食い下がる気力を失ったのをいいことに堂々たる態度に拍車をかける要子を見て、もはや本当にどうでもよい心地。そんな自分に「これでいいのかな……?」などと問いを発してみる自分が出現。そんな自分に答えようとするも、最初の一語で噛んでしまい意気消沈。
 そんなこんなで盛り下がりまくる気分でも紛らわそうかと、窓の外に目をやってみたりする。
「わー……っ」
 ただいまは十月の半ば過ぎ、電車の外では秋を感じさせる光景が流れていた。その葉にまだ青色を残すもの、すっかりさめるような赤色に染まりきったもの、まばらに赤くなりながらも主に黄色を主張し続けるものなど、各々マイペースな様相を呈す木々が通り過ぎていく。線路沿いにはやわらかな茶灰色のススキの群れがたなびく。道路にはまだ人はなく、ひんやりと静まり返った空気の中、乾いた茶色の落ち葉がかさこそと音を立てるのがこちらまで伝わってきそうなほど。その背景に佇む空は雲も溶け込む澄み切った薄青、静謐な風景を演出している。
「わぁー……、なんかいいよね、秋のこういう感じって」
「そうだなー……ずっとぼおっとしててもいいような気分になる」
 なんとなく呟いてみた感想に要子が賛同してくれたのが嬉しく思われ、実里枝はついつい普段なら恥ずかしくなるような言葉を口走ってみたくなってしまう。
「なんていうのかな、こう、ずっと見てると切ないくらい――いっそ胸を締め付けられるくらい、きれいだねえ……」
「そんな茶髪の天パで、文学的な台詞を吐くんじゃないよ!」
 要子、実里枝の左の頬に平手をくらわせる……ジェスチャーをかます。実里枝は実里枝で、つられて架空の痣を撫でる仕草をしてみたりなんかしつつ、心持ち涙目で訴える。
「ひ、ひどい! 茶髪は遺伝だもの! 遺伝だからしょうがないんだもの! 天パは突然変異ですが!」
 日頃気にしていることをざっくりと切り込まれ、実里枝はついつい「っていうか文学的って……」と突っ込むことを忘れてしまい――そのことを後々悔やむこととなるのだがそれはまた別の話。
 必死の主張を当然のようにスルーされた実里枝は、それでもなお要子の横顔にじぃぃっと視線を送り続けた。が、要子はぼぉーっとしつつ眼鏡のレンズに外の景色を流すのみ、こちらを見向きもしてくれない。そして、全く関係ないことをひとりごちる始末。
「あー……平和だよなー」
 そんな要子に実里枝は不満を募らせるものの――しばらくその様をうかがっているうち、ふと、ある考えが浮上していることに気付く。なんとなく、要子が「電車に乗ろう」と提案していた時から、もやもやとくすぶっていたこと。
「要子さんさあ……何か事件が起こるかも、なんて、本当は思ってないんでしょ」
「んー?」
 問いかけに対し、要子は生返事。その様子に、実里枝は「やっぱりそうだよねえ」と一人解釈する。
 ――たぶん、何にも起こらないだろう。
「んー……まあ、ぶっちゃけさあ、一回やってみたかったんだわ、『一日電車ぶらり旅』」
 少し間をおいてから、要子はしれっと白状する。それに対し実里枝はつい、「そんなことなら、素直にそう言えばいいのに……」と口にしそうになるも、電車乗り回しに対する引け目がよみがえり押しとどめる。そしてその反動でついつい余計な事を言ってしまったりして。
「それと、子女ヶ原くんの言うことに反論してみたかったんだよねえ、要子さんは」
「ミリえもん、口を慎みなさい」
「むほ」
 すかさず実里枝の口に要子のげんこつが軽くかぶさる。しかしその行動により、「やっぱりねえ」と実里枝が人知れず確信することとなったわけで。
 わりとあっさり拳をはずしてから、要子は流れゆく外界の眺めとまた向き合い、窓から入り込む秋の陽射しに眠そうに目を細める。
「……やっぱ、電車の中で大事件ー、なんて、ねえよな」
「ねー」
 ブーツのつま先にぽかぽかと暖かさを感じながら、実里枝も要子にならって窓の向こうに意識を移す。
 今日は本当にいい天気。こんなにきれいな日には、何にもないのが普通だろう。
「そういえば、子女ヶ原くんが飛び込み自殺の可能性もって言ってたっけねえ……でも、こんな日に自殺とか、ないよねえ」
「どーだろなー……『こんな晴れた日に頭撃ち抜いたら最高だろうな』とか、何かの台詞でなかったっけ」
「えー、そういうものなの?」
「まあ、わからんくもないけどなー……あー、でも、飛び込みはやっぱないよなー。なんとなく、飛び込みって月曜日なイメージがある」
「月曜日ねえ……」
「あと、なんか前もってじゃなくて突発的に死にたくなった時ってイメージだな、飛び込みは」
「突発的……」
「だってさ、嫌じゃね? 痛そうだし、死体ぐっちゃぐちゃになるし。周到に自殺計画すんなら、もっと別の方法選ぶだろ」
「んぅーん……」
 二人とその他を乗せながら、電車は規則的にタタンタタンと揺れ続ける。移り変わる街並みの向こうには、全体的に赤茶色っぽくなりつつも所々緑だったり赤だったり黄色だったりに丸く占領されている山々がそびえ立っている。
「なあ、ミリえもーん」
「なんだい、イリ太くん……これはかなり、ないね……」
「ないな……。要太くん……も厳しいか」
「で、要子さん、何?」
「ミリえもんだったら、自殺すんならどの方法がいい?」
「いや、したくないよ……」
 次第に電車は減速。はらはらと木の葉を落とす木がゆるやかに目の前を通過していく。「まもなく〜、××〜、××〜」と、微妙に変な発音のアナウンスが鳴り響く。
「例えばの話だよ、真面目に答えんなばかやろー」
「えー……いや、わかんないよ……」
「ったくノリ悪いなー。まあ、私だったら……とりあえず投身系は勘弁な。全体的に痛くて汚そうだし」
「じゃあ、さっき言ってた『晴れた日に頭〜』ってやつ?」
「そこらへんが理想ではあるよなー……ああでも、痛みを感じる間もないって、逆に嫌かもしれん」
「なんで?」
 改装される兆しもなく古ぼけた感じの小さな駅が見えてくる。タタッ……タタッ……と音を立てながら、電車はそこに到着。プシューっとドアが開き、何人かが入ってくる。
「いや、あっけなさすぎるっつーか……人生の、最後だぜ? 散々苦しんで痛がった方が、『今まで生きてきました』って感じがしていいかもしれん」
「んむぅー……よくわかんない……やっぱり、痛いのは嫌だよ」
「まー、そーだよなー」
「っていうか、要子さん、自殺なんかしないでね」
「したくねーよばかやろー」
 部活か何かの学生が乗り込んできたので、車内は少し賑やか、もとい、うるさめになる。口ぐちに話し合い、屈託もなく笑い合う少年たち。その声が、空間の一角でぱちぱちと爆ぜていく。
「いやー、しっかし、こんな健やかな日に、どんな方法で自殺したいか話し合いって、私らってなんなんだろうな」
「いや、要子さんが始めたんでしょ」
「口応えすんな!」
「むも」
 電車は次の駅を目指す。そうやってどこまでも進んでいく。
 線路に沿って、どこまでも、どこまでも。


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