推定都市伝説、探偵中。  ―試着室はオルレアンの香り―

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二。


 フリフリフリル、フリルリラ〜
 ……などという、わけのわからない効果音が実里枝の頭の中では無限リピートを刻んでいた。
「きゃあっ! お客様、とってもお似合いですぅ〜」
「ぶっ……馬子にも衣装っ……マゴショー!!」
「いやあ、意外と様になってるね」
「うっ……うるさいうるさいうるさいっ!」
 能天気に、声優さんも裸足で逃げ出すアニメ声ではやしたてる店員(黒地に赤いフリルが振り撒かれたロリータ服着用)、ことわざを適当に略しつつ笑いを堪えるかのように口元に手をやる要子、心なしか通常時の一・六倍くらい晴れやかな笑顔をしている子女ヶ原、そして――
 ピンクと白を基調としたフリルもっさりのゴスロリ衣装(店員曰く、「正しくはゴスロリじゃないんですよぉ〜。甘ロリ系、ピンクロリですう〜」)を着込み、真白く輝くタイツにおみあしを包み、ロッキンホースな極厚底ブーツをはき、茶色い天パの頭にはご丁寧にウサ耳付きヘッドドレスまで装着して、スカーレットフェイスとなっている……実里枝。
 そう、実里枝は今現在、親が見たら「こんなのはウチの子じゃないっ……」などとつい口走ってしまいそうな、完全甘ロリ少女となっているのだった。
「なんでっ……こんなことにっ……」
「やっぱりぃ〜、こういうのは実際に着てみないと、ダメですよぉ〜」
 癇に障りそうな、でも不思議と聞き心地が悪くもないような絶妙ボイスの店員に、実里枝は恨みがましく涙目を向ける。それから、ニヤニヤニタニタニマニマニモニモと邪悪な瞳で彼女を視姦し続ける要子と子女ヶ原を睨む。
 ――全部、この人たちのせいだっ……
 放課後、要子と子女ヶ原に引きずられるように件のゴスロリ専門店(正確に言うと、ロリータ・ファッション専門店らしい)にやって来た実里枝は、ハンガーに掛けられている服、マネキンに着せられている服……のフリルフリルフリル〜っ……の連なりに圧倒されていたところ、「いらっしゃいませぇ〜」とキャピキャピ声を掛けてきたこの店員に目をつけられ、「お客様は、甘ロリ系をお求めですねっ! そういうオーラ出てますぅ〜」などと奇妙な断定をされてしまった。
 そしてすかさず要子が「この子、前からゴスロリに興味があったんですけど……なかなか勇気が出せなくて、こういうお店に来られなかったんですよ」と優しいお姉さんのような口調で店員に説明。
 店員は「そういう方、結構いらっしゃるんですよねぇ〜。今日は勇気を出して来て下さったんですねっ……わかりました! こちらも張り切って、衣装一式見繕っちゃいますよぉ〜!」とテンション倍増、「ちょ、デタラメですからっ!」と抗議しようとする実里枝の様子になど一瞥もくれず、さっさと「どれがお似合いですかねぇ〜」などと衣装選別に取り掛かってしまった。
 実里枝は「い、今のうちに逃げちゃおうかな……」と、多少の罪悪感に苛まれながらも扉を向く。
 が、扉の真正面にはさりげなく子女ヶ原が陣取っていた。
 その、期待とその他おもしろげな気持ちを載せた目つき……どいてくれそうにもない。
 これは、梃子でも動きやしないだろう……そうこうしているうちに、「これなんかいかがですかぁ〜? あ、試着室こちらです!」と店員が背中を押してきて、あえなく衣装一式とともに試着室へ。「あ、あのっ、やっぱり私、こういうのは……」と試着室のカーテンから顔を出せば、「もう観念しようぜ」と要子の門前払い。「で、でも……」「いいから」「いや、その……」「ユー着ちゃいなよ☆」「いや……」「着ろ」「……」
 ……こんな感じのやり取りが続き、こちらが折れるしかなくなり。
 そんなこんなで実里枝のロリータ・ファッションデビューは果たされてしまったのであった。
「予想外に着こなしてやがるぜ、こいつっ……もういっそのこと、それ私服にしちまえよ☆」
「無茶言わないでよっ! 大体、こんなの買うお金……」
 と、高校生の乏しい経済状況を漏らそうとすると、子女ヶ原がすかさず実里枝の口元に左手人差し指を当てがってきた。そして、小声でたしなめてくる。
「ミリえもんさん、ストップ。その手の『お金ない』発言は、店員さんに、冷やかしに来たと捉えられかねないから」
 いや、冷やかしに来たようなものだよね……という突っ込みをする気力は、今の実里枝にはなかった。なんだかもう、一生分の羞恥心を使い果たしたような気分なのだ。
 しかしそこで要子が、実里枝の恥じらう泉に再び水を引こうとせんばかりの行動に出た。
「これはもう、永久保存せねばなっ!」
  ピロリン
「ちょっ……撮らないでっ! 撮影しないでっ!」
 容赦なく向けられる携帯電話のカメラ。実里枝は焦り、両手を目の前にかざして顔をガードしようとするも、効果なくピロピロリン、ピロリン。
「あ、お客様、店内撮影禁止です」
「あ……すいません」
 先程までのノリの良さと裏腹のシビアな語調を見せる店員に、さしもの要子も頭を下げる。
 実里枝は内心「ざ、ざまーみろ! ざまーみろっ!」と、ちょっとだけ勝ち誇ってみたりするも、要子にはばっちり悟られてしまったのか、両頬を縦横無尽に引き延ばされる羽目に。
 そうして二十秒程経った後、じわじわするほっぺたを両手でそれぞれいたわりながら、実里枝はおずおずと発言する。
「あ、あのう……もう、脱いでいいですか?」
「そうですねぇ〜、じゃあ、今度は水色系――サックスロリで攻めてみましょうか!」
「え、も、もういっ…………行っちゃった……」
 話を聞いてくれない店員の背に、はふうと溜め息。
 しかしそんな実里枝の心労を察してくれないのか、察していても無視しているのか、要子がさながらアニメのナレーションのように語り出す。
「これが、ミリえもんのロリ道への目覚めであったっ……!」
「め、目覚めないからっ!」
「ミリえもんさん、あまり大声で言わないように」
「うぎゅぅぅ……」
 完全に二人の手の上で踊らされ、実里枝は意気消沈も甚だしく。「もう、どうにでもなあれ……」と無気力に心の中嘆息。そこで「本当に、このままでいいのかなあ……」と疑問を投げ掛ける自分と遭遇。しかし、「もう……いいの……」と元気なく返すしかなく。もう一人の自分は、「そう……」と悲しげな表情で去っていった。
 と、そんな折、要子が多少真面目な顔になって呟いた。
「に、しても……変な噂が立つような店には見えんな」
 あ、と、実里枝も思い出す。
 そうだ、「試着室から人が消えて、何やら海外に売り飛ばされたあげく殺されているらしい」との噂を聞きつけて、自分たちはこの店にやって来たのではないか。
「そうだね、基本的に店員は接客一人にレジ一人の二人組体制で、しかも人をさらってしまえるようには見えない女性のみ……まだ出来たばかりの店ではあるけれど、小さいながら品物も充実していてそんなに困窮しているようには見えない……誘拐云々の噂が流れるようには、見えないよね」
 子女ヶ原の言葉に店内を見渡してみた実里枝は、レジにひっそりと立っていた店員(小さなシルクハットを頭にちょこんと乗せた、ネクタイにミニスカなパンクロリ系ファッション)と目が合い、なんとなくぺこりとお辞儀。しかし、店員には無表情に頭を下げられた後、目をそらされてしまう。少しばかり傷つきながらそちらから目を離し、何気なく自らの立っている試着室の中を振り返ってみた――
 その時。
「あれ、これ……なんだろ」
「ん? どしたい?」
「なんか、ここ……茶色っぽくなってない?」
 白い壁、白い床――の試着室の隅に、赤茶色の染みを発見。要子たちに指差し示す。
「何の染みだ……? 結構、デカイな」
 染みは拳くらいの大きさで、先程まで気づかなかったのが不思議な程度には目立つものだった。
「この色合いは、血っぽいね」
「ふぇあっ!?」
 すらっと子女ヶ原は分析、実里枝は「血」という単語に驚いて、思わず要子にしがみつく。
 が。
「あー、そう言われると血にしか見えねーな」
「ふがぅっ」
「しかも、この大きさは……鼻血程度では済まねーな」
「ひあぅっ」
「ミリえもん、着替えてる最中に踏んづけたんじゃねーの?」
「あぐぅっ」
 至近距離で想像したくないことばかり指摘され、心的ダメージは倍増。実里枝はすぐさま要子から体を離し、先程までにいた位置(ちょうど、要子と染みの中間くらい、ベストポジション)に飛びすさる。
 と、そこにようやく、水色と白でふんわり〜な物体を抱えて店員が戻ってきた。
「おまたせしましたぁ〜! ……どうかなされなんですか?」
「あ、あのう……この染み、何なんでしょうか?」
 小首を傾げる店員に、実里枝は試着室奥の茶色を指差す。
「……ああ、これですか……」
 今までの呑気な様子とは一転、店員は悲しげに染みを見つめる。
 その様を見て、実里枝は「え……まさか、本当に……血?」と不安を掻き立てられ、半歩だけ要子の方に接近。
「何か、あったんですか?」
 そう、子女ヶ原が訊ねる。
 すると店員は、神妙な面持ちとなり、声をひそめて語りだした。
「実はですね……一ヶ月程前に、この試着室に入っていたお客様が――ご病気か何か患っていたそうなんですが、お着替え中に倒れてしまいましてね、救急車で搬送されたんですよ。幸い、大事には至らなかったそうですが……。その時にお客様が吐いた血の跡がですね、残ってしまいまして……」
「そ、そんなことがあったんですか……」
「ええ。……それでその、こういうお店って、変な目で見ている方が多いでしょう? そこに、救急車がやって来るという事態になり……いかがわしい店なのではないかと騒ぎ立てて冷やかしにくる方が、しばらくはかなりいらっしゃったんですよ……」
 冷やかし、というワードに実里枝は少しばかり、ぎくりと肩を震わせる。
「まだ開店したばかりなのに、本当に……幸先悪いですよね?」
「あ、い、いえ。その……」
 華やかな店の苦労を知ってしまい、実里枝は思わず口ごもる。要子も「血」などと言って、なにやら奇怪な事件を想像していたようだが、真相を聞いてさすがに殊勝な様子。
「その試着室のカーペットも、もうすぐ換えのものが届くはずなんですが……お気に障ったのなら、申し訳ありません」
「あ、いえ! 別に……」
 頭を下げる店員に、歯切れ悪く対応するしかなく。
 その後、気を取り直したのか再びキャピ声全開となる店員に勧められるまま実里枝はもう一度ロリータな装いを経験し、子女ヶ原が「今日はこのくらいにして……後日、またゆっくりと選んでいきますから」と適当なタイミングで切り上げ、三人は「またいらしてくださいねぇ〜」との声に見送られながらロリータショップを後にするのだった。


「救急車、か……」
 店を出て駅まで歩く道すがら、要子が呟く。
「この救急車の話が元になって、例の噂が囁かれるようになった――ってことかもね」
「え、何で?」
 子女ヶ原の発言に、実里枝はきょとんと彼を向く。
 ロリータショップで試着中の客が倒れ、救急車で搬送される――その話が、「試着室に入った客が消え、海外に売り飛ばされたあげく殺される」という噂と、どう繋がるの? と、疑問をはらんだ視線を込めながら。
 子女ヶ原は腕を組みつつ、淡々と推理を披露する。
「あくまでも、僕の予想だけどね――誰かが『ゴスロリショップの試着室から人が救急車で運ばれた』って話を友達に聞かせるときに、『そういえば、試着室から人が消えて、その人は海外の売春宿に売り飛ばされてるって都市伝説、あったよね』なんて思い出して、付け加えるんだ。そして、その話を聞いた友達が別の友達に言い触らす時に、実際の話と都市伝説を混同したような伝え方をしてしまい……」
「結果、『ゴスロリショップの試着室に入った人が、海外に売り飛ばされたあげく殺されてる』という噂になった、と? なんか、むっちゃくちゃなこじつけだな」
 途中で口をはさんだ要子は、納得のいかない様子。
 実里枝も口には出さないものの、子女ヶ原の推理には同意しかねた。
「噂なんて、適当なものだよ。おもしろい方に、おもしろい方に――どんどん勝手に、書き換えられていってしまう。根も葉もない話でも、『おもしろそうだから』って言って鵜呑みにして、誰かに言い触らす人はいくらでもいる。まして、あの店に関しては、実際に人が救急車で運ばれたっていう『根』があったわけだし――それに、店員さんも言ってたけど、元々ああいう店は、人々から変な目で見られやすいからね。オルレアンの噂っていう都市伝説が生まれた背景には、地方都市に都会的なブティックなんてものが出来たことへの抵抗感、違和感っていうのがあった。異質なもの、見慣れないものに対する排他的な感情――そういうのが、妙な噂を呼ぶ役割を果たしたりするんだよ」
「あー……そこそこ筋は通ってる……こともなくもない、か?」
 子女ヶ原は「まあ、推論の域は出ないよね」と付け加え、肩をすくめた。
 ――噂なんて、適当なもの……排他的な感情が、噂を呼び込む……
 そんな子女ヶ原の言葉を反芻し、実里枝はぽつりと吐露する。
「でも……それだけの――おもしろいからとか、ゴスロリショップだからとか、そういう理由でそんな酷い噂が流れてるなら……酷いよねえ……」
「酷い噂っつったって、都市伝説だからな。言ってる奴にしても、嘘だってわかってんじゃねーの?」
「で、でもっ……店員さん、まあ、ちょっと強引だけど……一生懸命で、良い人だし……救急車とか大変なことになって、その上変な噂まで流されるなんて……かわいそうだよ」
 確かに、恥ずかしい思いはさせられたものの――実里枝は、あの店員のことを嫌いにはなれなかった。開店早々トラブルがあったことに落ち込んだ様子を見せた彼女に、同情の念すら感じた。
 と、そこで、子女ヶ原が優しくぽんと、うつむく実里枝の肩を叩いた。
「そう思うなら――また行ってあげなよ」
「え、でも……何回も冷やかしに行くの、悪いし……あんなの買うお金、ないし……」
「大丈夫、今度は付き添いって形にすれば。連れの人が買ってけば、ミリえもんさんが買えなくても……問題ないよね?」
 なんだか、もう一度店に行くという流れにされていることに実里枝は若干の戸惑いを感じつつも……連れが誰であるのか見当もつかず(要子、子女ヶ原はもう一度行くなんて言いそうにもないし、買いたがるはずもない)、ついつい訊ねてしまう。
「あの……付き添いって誰の?」
「僕の妹の」
「はひぇっ!?」
 そういえば、そもそも子女ヶ原くんの妹さんのためにこの店に来たんだっけ……? と、実里枝は回想。しかし、いまだ顔すらも知らない人間と一緒に買い物とは、これいかに……?
「で、でも、妹さん、私のこと知らないし!」
「大丈夫、ミリえもんさんがどんな顔なのかは教えておくから」
「い、いや、でもその、ねっ?」
 実里枝はこの時、先日の一日電車ぶらり旅中、要子が珍しく傷心気味に語っていたことを思い出していた――『中学の時、一緒に出掛けて……あれは恥ずかしかった……』――子女ヶ原の妹はゴスロリちゃんで。彼女と一緒に出掛けるということはすなわち――ゴスロリちゃんの隣を歩かねばならない、ということで。
 あの店の安泰は願うものの……ゴスな少女と共に歩く程の勇気は彼女にはなかった。
 がしかし。
「ミリえもん、一緒に行ってやれYO!」
「え、よ、要子さんっ!?」
「そうしてくれると、本当にありがたいんだけどな……妹は、どうも臆病者でね。変な噂は立ってるけど良い店だって話してやっても、いつまでもウジウジウジウジしてそうなんだよ。誰かついてってやらないと……」
「し、子女ヶ原くんがついてく方がいいんじゃないかなっ」
「ミリえもん、おめー、店のこと心配してたんじゃないのか? 所詮口だけで、本当は放っておいても平気だってのか? ……この、偽善者め!」
「ぎ、偽善者って!」
 要子、子女ヶ原はもう実里枝が行くムード一直線をひた走っており。
 実里枝は手酷く非難されたりして、もはや反論は不可能と痛感するしかなく……
「わ、わかったよう……妹さんに、ついてきますよ」
「じゃあ、土曜日にさっそく、お願いできるかな」
「ええっ、土曜日って、あさってだよね!?」
「早いとこ行きたいみたいでね」
「ミリえもん、とっとと覚悟しろョ☆」
「う、うじゅうぅ……」
 いつものごとく丸めこまれ、釈然としない思いを抱え込みながら――こうして実里枝の土曜のスケジュールは埋まっていくのだった。


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