ボノボ

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○石若神子の、先生○



 定期考査も終わり、夏休みも直前という時期。相も変わらず、私は職員室でお昼ご飯を貪っておりました。
 あれ以来――なんだかあれは夢かなにかだったかのように、以前と変わらず、カップ麺をいそいそとつくる先生を眺めている日々です。
「ところで先生、夏休みはどのように徳を積むおつもりなのです?」
「ん? まあ、夏期講習などで学校に来つつ、地域活動に従事してだな……」
 ふと周りに目を向けてみると、その瞬間にものすごい勢いで目をそらした影がありました。例によって生活指導の眼鏡のすてきな女性教諭が、こちらをうかがっていたようです。あれ以来、娘さんの方には目立った変化はありませんが、はてさてどうなっていることやら。
 まぁそれはどうでもいいとして。
「先生ボランティアに参加するんです? それなら私も行きますかね」
「……君は夏休みまで、僕の生活を乱すつもりなのかね?」
「でもボランティアとかかったるいのです。先生、もっと別のことしましょうよ」
 お弁当のブロッコリをはもはもしながら、提案内容を吟味する私です。先生はというと、なにも言い返さずにカップ麺をすすっているのでした。
「あ、そうだ、海の家でバイトしましょう。それなら楽しそうですよ。そして溺れた小さな子供を助ける代わりに犠牲となって、解脱(げだ)ってしまうのです」
「ちょっと待たないか、さすがに『解脱(げだ)つ』という用法はあまりにも……」
 だって『げだつ・る』もよく考えたら言いづらいんですもん、流行らせましょうよ『げだ・つ』、と私は悪びれもせずブロッコリを飲みこみます。先生は「言葉の乱れがこんなところまで来るとは……」といつまでも不満なご様子です。
 そんな先生を眺めていると――なんだかあれ以来頻繁に、胸のあたりに違和感が走るのですが。
「……もしかしたら先生は、ほんとうに解脱ってしまうかもしれません」
「何? 冗談じゃない、僕はあくまでボノボになるのだ」
 先生は曇りのない目で、またボノボなどとまぬけに。
 私は溜め息をつくよりか、なんだか笑いたくなって、「そういえば」と余計なことを言ってやることにするのでした。
「ボノボって他の種類のサルをいじめたり、食べちゃったりするそうですよ? 多種族であれば暴力をはたらいてもよいのですか?」
「また揚げ足取りか……! 君が何と言おうと、僕がボノボを目指すことは変わらない。絶対にだ」
「ボノボボノボってこだわって、ボノボボノボボノボぼのぼのぼの……あれ?」
「『ぼ』『の』『ぼ』の……ぼ?」
 まぁ、なにかが崩壊しそうなことも多々ありますが。
 来世でボノボを志す純原先生といるのが、私は楽しい。
 きっと先生がそう思うことはとても難しいのだろうけれど、現世は楽しいですよと、思いきり笑ってやるのでした。


-END-


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