幸せになれない星の住人 10−1

幸せになれない星の住人

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10−1


 夏休みが明けてすぐ、美術部員一同が作品を出す秋のコンクールが開催された。ここらへんの高校一帯はどこも参加するもので、規模はそれなり。高校間の交流も目的としているため、単に絵の順位を決めるだけでなく、市の施設を借り一日かけて企画をやることになっていた。今年の開催場所は自然公園の中の建物だったので、公園内を歩きまわりつつスケッチしたりする予定だ。
「一番最後にコンクールの結果発表って、一日ずっとどきどきしてなきゃいけなくて微妙ですよねー」
「そうそう、あ、自分の絵が入選するとか期待してるんじゃなくて、むしろ相子先輩の結果が気になるっていうか!」
「こら、最初からそんな弱気なこと言ったら駄目だよー」
 行きのバス内で、隣に座る相子が後ろの席の一年生二人をにこにこと叱ってみせる。それから私に「ねー」と目配せ。私も努めてにっこりしていた。
 色んな学校が参加するうち、毎年、進学校の特に三年生の生徒などはわざわざ出向くのも面倒臭いと口々にぼやきながらやってくる。しかしうちの学校くらいだと、むしろ息抜きに丁度いいようだった。去年の先輩方もバスの中ではしゃぎ、一日中学校とは違う空気を満喫していた。相子や副部長もその例に漏れない様子だ。
「そらちゃんの絵も今年は気合入ってるよね」
「ねー! 私、絵空の描く絵好きだよ」
 相子は無邪気に私の肩を揺する。話を聞いていた二年生が「二人入賞したらすごいですよね」「毎年、一人入るか入らないかですもんねー」と輪に加わる。バスの中はもはや大盛り上がりだった。
 一番前の席でじっとしている、今年なんかはろくに出てこなかった顧問の先生は、できあがった皆の作品を見ておざなりに褒め言葉を口にした。ただその中でも、相子の絵に対しては感心したように「すごいな」とつぶやいていた。
 こういう大会ではやはり上位に入賞するのは三年生が多い。その中で、去年二年生だった相子は佳作を獲った。そして、去年よりじっくりとできはしなかったはずの今年の絵は、その佳作の絵にひけをとらない出来栄え。部内では相子がなにかしら入選するのはもはや確定事項の扱いだった。
 そうするうち開催地に到着。初めに特別招待された画家の人が演説をして、それに耳を澄ませた後に全員が参加する簡単なレクリエーションを行う。それからお昼を食べ、午後の自由時間、公園の散策が始まるのだった。

 皆が芝生の上に立てられた様々な形のオブジェを笑いながら見たり、乗って遊んだりしているうちに、私はこっそり輪の中から外れた。たまにはひとりになってみたかったのだ。
 オブジェの置かれた憩いのスペースから離れ、施設の方へ戻っていく。ただし中には入らず、建物を素通りしてその裏手へ。生い茂る緑の芝生を踏みしめながら行くと、簡単な柵が見えてきた。建物は高台にあり、柵の向こうには町が広がっている。
 私は柵に手をかけその光景を見下ろした。
 ほう、と息を呑む。
 よく晴れた空の下、普段は見上げるばかりのビルの群れが並び立っている。ビルだけではない、住宅街、看板、町はどこまでも広くて青空に包み込まれている。近くで眺めてもただ灰色に映るだけのビルが、上からだと無数に生える、町に根づく植物のよう。町が広い。この向こうには、私の住むあの町も広がっているのだろうか。
 ふと、いつかの言葉を思い出す。
 ――もしも死にたくなった時は、町で一番高い所に行ってみるといい。そこから飛び降りるつもりで行ってみるといい。足を踏み出そうとしてその縁に立った瞬間、眼下には町が広がっていて、きっと死にたい気持ちなんてどうでもよくなるから。
 まるで、実践してきたみたいな言い方ですね。
 そう笑ったものだけれど、こうして景色を眺めていると、なんとなくわかるような気がしてくる。世界が広い。ばかみたいに広い。
 もしかしたら、この広さに吸い込まれてそのまま足を踏み外してしまう人もいるのかもしれませんね。
 そんな風にも思った。


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