幸せになれない星の住人 11−1

幸せになれない星の住人

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11−1


 夏休み中にやったセンター模試が返ってきた。E大はA判定。私の結果をのぞきこんだ相子がおおげさに騒ぐ。
「さっすが絵空! すごーい、もう余裕だね!」
「そんなことないよ」
 相子の結果はC判定。ただ、B寄りなので望みが薄いわけではない。
 私の模試、第二志望校のところに印刷されたN大の判定は、Cだった。

 美術部のコンクールが終わって一週間と少し、出展した絵が学校の玄関に飾られるようになった。これは毎年恒例で、入賞者が出ようと出まいと関係なく、登校した生徒を部員全員の絵が出迎えるようになっている。学校祭の時にはわざわざ展示を観にこなかった人も多く、相子の絵は再度の賞賛を浴びることとなった。
「すっごいなあー、相子ちゃん」
「よくあんなの描けるねー」
 教室で、やってきた友人に開口一番に褒められる相子。頭をかいて照れ笑いし、「それほどでもないよ」と謙遜してみせる。それがまた友人の褒める言葉を加速させ、朝から教室はずいぶんと騒がしくなる。
 優秀賞を獲った、相子の美しい絵。
 褒めそやされて、戸惑うようにしながらも笑みを絶やさない相子。
「……本当、相子はすごいね」
「ええっ、そんな、絵空に面と向かって言われると照れる……」
 赤くなる彼女を、また周囲がはやしたてる。
 当分、彼女の周りはにぎやかなのだろう。

 相子は病院に寄るというのでとっとと帰宅したが、私は図書室で勉強することにした。「模試良かったくせに、まっじめー」なんて茶化されつつも、ひとり静かな本の群れへ。鞄に入れていた赤本をぱらぱらとめくってみる。しかし、紙をめくる音をどれだけ立てても、うまく頭に入ってくる感触がなかった。それでも机を離れるのは癪で、かじりつくこと数時間。
 日も短くなり、すっかり夜の帳を下ろした校舎。のろのろと廊下を歩き、玄関へと向かう。すると、玄関前、電灯の真下――美術部の絵の前で、立ちつくしている影があった。
 三年生になって、すっかり見知ったその顔。
「サツキくん」
「え――宵見」
 まじまじと、絵に見入っていたらしいサツキくんがそこにはいた。私が声をかけると絵を飾られたボードから後ずさってしまい、彼がどの絵に視線を注いでいたのか、わからなくなってしまう。
 学校祭の時も見にきていたけれど、そんなに気に入ったものがあったのだろうか。サツキくんのことはよくわからなくなっていて、どの絵が好みなのかなんて、私には知るよしもない。立ち入らない方がいいような気もしていた。
「サツキくんは、相変わらず放課後のおしゃべりで遅くなったの?」
「あ、ああ。宵見は」
「図書室で勉強」
「偉いな」
「そうでもないよ。だけど、そうだな――なにも考えず楽しくおしゃべりっていうのも、よかったのかもね」
 情けなく歪みそうになる顔を抑えながら、私は固い調子でそんなことをひとりごちていた。
 今さらなにを言ってるんだか。こんなことを漏らされたって、サツキくんも困るだけだろうに。ほら。
「宵見?」
「なんか、ごめんね」
 眉を寄せ怪訝な顔つきをするサツキくんに、中身もなしに謝った。もちろんそんなことをされては、彼もさらに困惑を深めるだけなのだろう。
「どうしたんだよ」
「なんていうかさ――うまくいかないね」
 廊下には並ぶ絵と二人の人間だけ。
 ぽつんと放たれたつぶやきは、未練がましく跡を残した。


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