幸せになれない星の住人 13−2

幸せになれない星の住人

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13−2


 夕焼けの道で自転車を押していた。まだ冬も遠そうな、風が吹いた時だけ寒い秋の空気がゆるく自分を包むのを感じていた。そうしながら、先程の光景なんか思い出してみたりする。
 猫を川に放り込んだ。そうすれば、見つかることはないと思って。
 俺はため息をつきながら、行きと違って漕ぐのもおっくうな自転車を押していた。ガタガタと耳障りな音がする。しかし、押さないことには家に帰れない。音から逃れずに、ただ帰路に着くしかないのだ。
 家。そこには姉がいる。姉しかいない。
 ついさっき猫をぐちゃぐちゃに刺し殺した姉は、はたして今何をしているのか。いったいどんな顔をしているのか、簡単に想像はつくようでいてよくわからなかった。
 ――やってしまった。
 それは少し前、秋の始まりから頭にこびりついている言葉だった。
 両親の再婚直後、俺の言いつけに渋々従いながらも荒れていたつつじ。あいつは高校に入ってからはかなり落ち着いていた。友達ができたのだとはしゃぎ、何も考えていないようだった。それが、いつの間にかまた荒れ始めていた。俺の前で不機嫌をあらわにし、何かしでかすのは秒読みのようだった。
 そして、ついに姉は猫を殺した。
 俺は見つかるのはまずいからとルールを設定して、姉のため猫を調達することにした。とにかく、姉が衝動のまま行動してしまうのだけは避けたい。姉の気が治まるまで適当にあてがって待とう。
 もちろんそんな言い訳、少しの間も自分をごまかすことはかなわなかった。
 俺は待ち構えていたのだ。姉がやらかす、そして自分が踏み外す好機を。
 苦笑いすらおこらない有様だった。先程まで、姉が猫に降ろす一振り一振り、その度血を噴き出す小さな体を見て、体のうずきを抑えきれなかった。しっかりと網膜に焼きつけ、その惨状を堪能していた。
 仕方ないのだ、と白々しく言い訳しながら興奮していた。それは猫を水の中に沈めるまで続き、そうして、帰り。河川敷から住宅地へと戻っていくうち、急速に冷めていった。違う高校の制服が大きなスポーツバックを抱えながら通り過ぎていくのを目にするうち、背筋に嫌な悪寒が走ったのだ。
 今日、放課後の遊びを断ったクラスの連中。あいつらは今、楽しそうに、普通に、遊んでいるのだろう。
 それを想像した瞬間、鳥肌が立った。頭の奥が冷たくなった。
 自分は今、何をしている? 答えは簡単だ。姉のためなどと言いながら猫殺しに加担した。その光景を楽しんだ。頭のおかしい人間に、思う存分なっていた。
 もしこのことが、あいつらにばれたら?
 きっと皆、俺から離れていく。気持ち悪い、最低、頭がおかしい。そうやって散々に罵られて、誰もいなくなる。
 ああ。こんなこと、早くやめた方がいいのはわかっている。
 だけど。
 姉はまだ駄目だ。きっと来週にはまた猫を欲しがる。それをどうにかなだめすかして、せめて来月までは待てと。
 そうやって、俺は続けるのだ。快感に負けて、溺れ続ける。
 いつになったら終わる?
 いつまでも続いてほしい。
 二つが自分の中にあるのがわかる。どちらに自分がより引きずられているのかも。そんなもの明白だ。そして、そんな自分がいかにおぞましいか、人と違ってしまっているか、それすらも十分にわかっている。
 どうして俺はこうなんだろう。
 行き場を失くして、空を見上げた。
 立ち並ぶ住宅の群れは薄暗く沈み、影の中に落ちていくようだった。ただ、空はまだ黒く染まりきっていない。それどころか夕焼けは力強く、最後とばかりにきらめく太陽は黄金色に周囲の雲を光らせている。
 自転車を押しながら見上げるその光景は嫌味なくらいに綺麗で、はがゆかった。
 ――俺はもう、駄目なのか?
 綺麗な世界の中で、自分だけが薄汚れているようだった。


 そんな、いつかの記憶。


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