推定都市伝説、探偵中。  ―暫定テロリストの礼節―

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四。


 そんなこんなで二人は比較的どうでもいい話やらおおよそ女子高生らしくない話をしたりしなかったりでだらだら二時間経過、時刻は午前九時を回った。もはや定期の範囲などゆうに超え、眼前を横切るは見知らぬ寒村(と形容したくなるほどの、おそらくは町)。一時はそれなりにぞろぞろと客が乗り込み喧騒に包まれていた車内も、少し前に通り過ぎたそこそこ大きな町での一斉降車に伴い人数激減、今では久方ぶりの静寂に包まれていた。
 その最中。
「あー、そろそろ帰っか」
「え」
 んあーっ、と両腕を前方に突き出し伸びをしてから要子が唐突気味に言った。
 実里枝はぽかんと間抜け面、それもそのはず、つい先程に彼女の友人は「すげー空いてていい感じだから、もうちょっと乗っとくか」と提言していたのである。今この宣言を吐いたのと全く同じ口で。
「いや、もう飽きた」
「よ、要子さん、『一日電車ぶらり旅』したかったんじゃないの!?」
「いや、無理だろ。常識的に考えて」
「要子さんに言われたくないよ!」
「んだとコラ」
 要子は実里枝の頭にすかさずチョップ……の寸止め。実里枝は反射的に目をつぶった後、友人の理不尽に対し非難のオーラをまとう。
「ま、まだ九時だよ」
「そーだなー、とりあえずさっきのデカイ町まで戻って……そこから快速乗れば、十時過ぎには帰れるだろ」
「もう決定ですかそうですか!」
 このまま友達とおしゃべりしつつ、のんびり電車にまたがるのもいいかなー、などと少し鉄道ライフに楽しみを見出してきていた実里枝は怒りつつも脱力、「もぉーっ」と長吐息するしかなく。
「もうだいぶ潮時だろー、座ってんのも疲れてきたし」
「まあ、確かにそうだけどね……なんかこう、釈然としないものを感じるというかね……」
「そんなに電車に乗ってたいのか、この鉄っちゃんめ!」
「てっちゃんて!」
 複雑な心情の一端を吐露してみれば、いわれもない罵倒(あくまでも、実里枝にとっては罵倒)を浴びせられる始末。しかしここで何の見返りもなしに引き下がってはいけないような気がしてきて、最後の足掻きを見せることを実里枝は決意。
「な、ならせめて! さっきの大きい町で少し遊んでこうよ!」
「イヤダ、カネカカル」
「とりつくしまなしですか!」
 最後の足掻き、ものの零コンマ一秒で一刀両断。
 被害者の瞳を実里枝はより強めるが、彼女の友には加害者の意識などなく。しかし、さすがに不憫に思ってくれたのか、要子はちらりと振り返り、折衷案を提出してくる。
「んー、じゃあ、学校あるとこの町で飯でも食ってくか」
 通学定期の終点、彼女らの通う高等学校があらせられる町は、先に素通りした町よりは少々劣りつつも駅前にわりかし大きめの複合商業施設があったりして、なかなか見栄えのする所だった。
「……そうしよう!」
 毎日の学校帰り、密かに店舗内のおしゃれ〜な軽食店に目を輝かせつつなかなか入るのに勇気を出せずにいた実里枝は、わりとすんなり要子の提案に乗るのであった。

*  *  *  *  *

 そんでもって乗り換え快速列車。先の普通列車とは違う少しリッチな感じのセミクロスシートを有す車内は、さほどごちゃごちゃしていないもののきっちり満席、二人はドアの横っちょに立つこととなった。
「あー、次の駅で座れるかねー」
「さっき、座るのもう疲れたって言ってたくせに……」
「黙らっしゃい」
「むよ」
 うなる拳が実里枝の口元にぶにょりとヒット。言論をシャットアウトされた当人は特に発言権を主張することもなく素直に黙る(心の中で「要子さん、都合が悪いとこのパターンだなあ……」と呟きつつ)。
 窓の外に広がる世界の変遷は、さっきまでよりも心持ち速め。一度は通った道なのに、下りの列車から眺めてみるとまた違った印象になってくるように実里枝には思えた。
 二人してほけーっと車外を見ているうち、「まもなくー、×××……×××」とアナウンスが流れてくる。
「この電車の人は、普通の発音だねえ」
「列車によって結構差ァあるよな」
 それからすぐ、ドアの前にぽつぽつと人が集合してくる。要子はすぐさま空いた座席に向かって歩き出し窓際をキープ、実里枝は一歩遅れて後を追い、隣の席に腰掛けた。
 少しの後に電車は、多少改築されたらしい中の上くらいのサイズを誇る駅に軟着陸、数人が素早く下車し、また数人が乗車してくる。
 実里枝がなんとなくじーっと見ていたその時、発車の汽笛と共にちんまりとした老婆がよたよた車両に足を踏み入れてきた。席に空きがないかときょろきょろするも、優先席すらすでに先客の影あり、諦めた様子でドア横の手すりにしわしわの手を掛ける。
 と、そこで、ドア近くの席に座っていた女性(顔はよく見えないが、後ろ姿からして二十代くらいだろう)がすっと立ち上がり、老婆を「どうぞ」と元いた席に手招く。老婆は軽く頭を下げてから、促されるままゆっくりとシートに腰を落ち着けた。
「……ねえ、イリアン」
 その光景を見てふっと思い立った実里枝は、隣の要子に呼びかける。たった今思いついた呼称を使ってみたりなんかして。
「おいコラ、私を剛田さんちの息子呼ばわりする気か?」
「あれ、意外とアリじゃない!? イリアンて。イリ太くんよりはっ」
「歌うぞ、歌っちゃうぞ?」
「あ、カラオケ行こうよ! たしかあそこらへんに何軒かあったし」
「二人カラオケは辛いだろうによ……」
「そうだね……って、そうじゃなくて、あのね」
 自らが火種となり脱線しつつ、実里枝は話の向きを修正。
「アラブ人の恩返しってさ……本当に、ただの都市伝説なのかな」
「んー? と、言いますと」
「いや、ね。本当に、親切にしてもらった人に『何日にはあそこに近付かないで』ってテロリストが警告してあげたこととか、ないのかなって……」
「実際のテロの前に、そういうこと教えてもらった人がいたりするんじゃないか、と?」
「うん――『こんないい人を殺してしまうのは嫌だな』とか、テロリストも思ったりしたりなんかしないかなーっ……と」
 微妙に歯切れ悪く言いつつ実里枝は――大したことはなくとも、何気ない優しさというのは意外と心に残るものではないのだろうか――そんなことを思う。
 そんな実里枝に要子は、冷静な風に告げる。
「少し道教えたりなんだりしてやったくらいで、訓練されたテロリストが一般人に情報漏らしたりするわけねーだろ……ってのが通説だな」
「うーぅん……やっぱり、そうなのかな」
「それに、これから何十人も何百人も殺そうって奴が、たかだか一人の良い人間をわざわざ助けてやろうとか、思わんだろ」
「んぅーう……」
「大体、そんな良心残ってる奴だったら、テロリストになんかなってないだろ」
「でも、さあ……実際に出会って、親切にしてもらって――そうやって関わっちゃったら、その人が死ぬの、放っておけなくならないかな」
 見ず知らずの他人はどれだけ殺してしまえても(もちろん、それもものすごく悪いことではあるのだけれど)、直に思いやりに触れて、その心のきれいな一端を覗いてしまったら――その人を知ってしまったら、命を奪うことに躊躇いが生まれたりはしないだろうか。
「あー、漫画であったっけな……『なんで無関係の人を殺せるの?』って主人公が聞いたら、敵が『無関係だからかな』って答えるんだよ」
「それは知らないや……っていうか、無関係でも関係あっても、殺したらダメなんだけどね!」
「わかってるわかってる。……だけどよー、ミリえもん。お前、そんな甘っちょろい考えしてると、いつか詐欺に遭うぞー」
「よ、余計なお世話だよ! もう……」
 ――『甘っちょろい考え』、と言われ。
 それでも――実里枝は、思う。
 どんなに訓練されていても、テロリストだって人間だ。なんてことない好意に流されてみたり、情にほだされてみたり――そんな、傍から見ればくだらないかもしれない心の動きが、あったっていい、あって欲しい。犯罪者に何を期待しているんだ、と自分ですら思うけれど。それでも――そんなちっぽけな奇跡を夢見ても、いいと思う。
「にしても、中途半端な時間に着くよな……カラオケ行かないにしろ、飯の前に適当に時間潰すかー」
「あ、じゃあ、私ね、前から入ってみたかったお店が……」
 ――あの男の人も、もしかしたら本当は、まだ何かしでかそうとしているんじゃないだろうか。そんなことを、実里枝はぼんやりと考える。
 もちろん、最初から何もするつもりがなかったというのが一番だけれど――もしも本当に今日、電車の中で大事件を起こそうとしていたり、あるいは飛び込み自殺をしようなんて考えているんだとして。そんな時に、自分に道を教えられたことを思い出して、『世の中いいこともあるんだよな』なんて思ったりして――そうやって、『やっぱりやーめた』なんて言って、思いとどまってくれたなら。
 そうしてくれたら、すごくいい。
 そうだったらいいなと、実里枝は思った。

*  *  *  *  *

 そしてその後。
 通学定期の範囲まで戻ってきた二人は降車後しばらく歩き、通学路に面して立ち並ぶ店々の中で一際胡散臭い雰囲気を拡散させる骨董品店(これが実里枝のリクエスト)に辿り着くもそこには『本日休業』との張り紙がなされており、がっかりしつつ来た道を戻って駅前で一番大きな店に落ち着いたのであった。
 そこに内蔵されている本屋やらCDショップやらをひたすらじとじろ眺めまわすだけ眺めまわしてから、これまた店舗内にあるマクドナルトに昼を任せることにし(実里枝が「せめてモスにっ……少し歩いたところにあるから!」と必死の説得フックを繰り出すも、「やだモス高い」という要子の一振りの威力はすさまじく)、それぞれセットを頼んで細々と食した。
 それから要子が、思い出したように「しじょかさんに、もう帰るって一応メールしとくか」と言い出し、めるめる打って素早く送信、一分と経たないうちに「あれ、意外と遅かったね。もっと早く飽きると思ってたよ」との不敵な返信、実里枝は要子の八つ当たりにと左頬をぐにぐにつねられることとなった。
 そして二人はほどなく電車に乗り込み、またどうでもよさげな会話をするうち要子が先に下車、実里枝はその約十分後に住み慣れた街並みの中へと戻るのであった。
 その間、電車内で特に変わったことはなし。
 家に着いてからもそんなニュースは一つもなく、土曜出勤から帰って来た両親の口から、「電車が遅れていた」等の言葉が出ることもなかった。
 何にも、起こりはしなかったのだ。
 

 そうして一日が終わる段となり、布団に潜り込みながら実里枝は一人思いを馳せた。
 ――今日は、何にも起こらなかった。
 もしかしたら何か大変なことをしようとしていた人がいたのかもしれない。でもきっと、なんてことない理由でやめたのだろう。本当のところはわからないけれど、とにかく何にも起こらなかったのだから。
 そんな感じで、それなりに平和に、きれいに。
 今日という日は幕を下ろすのだ。
 ――あしたも、あさっても、その次の日も。きっと何にも起こらないだろう。
 そうに違いないと、実里枝は思った。


―オワリ―


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